ハーブソルトと豚バラ串③

 かけられた声にノルが振り向くと、銀髪の少女が立っていた。犬耳フードを被った愛らしい少女だ。ノルに近づき、彼の手元をすんすんと嗅ぐと、いっぽんよこせと言ってきた。


「え、え。急に出てこられても、みんな驚くけど?」


「みんな?」


「俺とリックが」


 ノルが自身とリックを指で示すと少女はこくんとうなずいた。


(たしか……あれ、名前なんだっけ?)


 懐かしい、といってもほんの一ヶ月ほど前の話だが、ノルは記憶をたぐりよせる。

 彼女は以前、リックの母親探しに協力してくれた少女だ。噴水に落ちたノルを助けて介抱し、そのうえ母親の行方を探ってくれた心優しき少女。すこし言葉が拙いが、慣れれば話しやすいので、ノルも彼女とすぐに打ち解けた。

 通りのすがりの犬耳フードを被った銀髪少女。それが彼女であった。


「久しぶりだなぁ、銀髪少女。どした? お前も祭りを見に来たのか?」


「ん」


「ひとりか? もしかして、迷子だったりして?」


「んーん。ふたり。さっき、はぐれた」


「それ、迷子っていわね?」


 ふるふると首を横にふる少女を見て、ノルは「今日は迷子が多いなぁ」と思った。


「さっき、ノル、みかけたから……きた」


「ああ、うさぎ型になって芸してたときの?」


「んーん。その前、軍、はいってった」


「あー、あのときの——って! え? いたの? あの近くに? つか、この姿の俺でよくわかったな。きょうは可愛いうさぎさんボディじゃないぞ?」


「ん。におい、した」


「におい?」


「草の、におい。フィー、鼻……するどい」


「ほーほー、そうなんだ。だが、俺も鼻なら負けないぞ」


 ノルが屈んで少女の頭を撫でると、彼女はノルの顔をじっと見つめた。凝視である。ノルはそっと手を離した。


「あ、そうだ。鼻がいいならさ、この坊主の母親の居場所とかわかるか?」


 ノルは手に持ったハンカチを彼女に見せる。さきほどリックの口元を拭ってやったハンカチだ。少女が首をかしげた。自分でにおいを辿れば? といいたいのだろう。


「いやさ、俺、いまちょっと鼻がつまってて。あれかねぇ、春だから花粉症かなぁ。つーわけでここはひとつ頼むわ」


「役立たず」


「ええ⁉ きびしい言葉」


 少女は彼からハンカチを受け取ると、すんすんと鼻を近づけ、南の方角を指した。


「あっち?」


「ん。商業通り」


 それだけ言うと彼女は雑踏のなかに走っていってしまった。ノルが彼女の背中を視線で追うと、誰か、ひどく焦ったようすの男と彼女が話している姿が一瞬だけみえた。白髪の少年。おそらく彼女がはぐれたという保護者かなにかだろう。

「んー、じゃあまぁ、商業通りに行くか、リック」


「うん!」


 串をゴミ箱に捨てて、ノルはリックの手を引き、商業通りに向かった。


 ◇ ◇ ◇


「いいのが見つかってよかったですね」


「ええ、本当に。ロゼさんには感謝の言葉しかありませんよ」


 男がぺこりと頭をさげる。

 ロゼは両手を向けて「いいえ」と返して、彼と並んで商業通りを歩いていた。


「なんかすみません。わたしまでこちらをいただいてしまって」


「いえいえ、ここまで付き合ってもらったお礼ですから」


 白地に赤いリボンを巻いた平たい箱を抱えて男が笑う。反対にロゼの手には小さな包み。彼がお礼にと買ってくれたものだ。中身はハーブソルト。なぜか帽子屋なのに塩が置いてあった。まあいちおう、お洒落な石鹸や動物型の砂糖なども並んでいたから、雑貨も置いてある店なのだろう。

 ロゼは立ち止まり、彼にいつもの決まった口上を述べた。


「ではそろそろこれで。氷の魔女のロゼッタが、たしかにリリックさんのご依頼を承りました。どうかあなたに火の加護がありますように」


 朗らかに笑って一礼すると、リリックも同様に笑顔で礼を言って依頼料を渡してくれた。銀貨三枚。依頼内容にもよるが、最近は一律この価格で受けている。ノルが「金貨一枚は高すぎ!」と、ごねたので価格設定を見直したのだ。

 おかげで以前よりも依頼の件数は増えたが、数をこなさいと稼げなくなったので、ロゼとしては少々複雑な想いだ。


(まぁでも、こういうのは地道な活動が大切ですからね)


 銀貨をローブのポケットにしまい、顔をあげる。すると、


「おーい、ロゼ!」


「?」


 雑味を帯びた中年男の声がする。ノルの声だ。

 ロゼはきょろきょろと地面を見渡すが、ノルの姿はない。空耳だろうか?

 そう思ったら、うしろからぽんと誰かに肩を叩かれた。


「きゃっ!」


「うぉう!?」


 驚いて、悲鳴をあげてしまった。リリックが目を丸くして「リック」とつぶやいている。

 リック?

 ロゼが横を向くと、五歳くらいの男の子を連れた人間体のノルが立っていた。可愛くない。


「びっくりさせるよー、ノルさん驚いて、おっさんみたいな声出ちまったじゃねぇか」


「いえ、ノルさんは元からおじさんの声ですし……」


「相変わらず失礼な言い草ー。まあいいけど。なんだよロゼ、きょう依頼受けてたのか?」


「ええ、お昼ごろに。ノルさんが『祭りのパトロールだ!』とかいって、一緒にいくはずだったお祭りへさきに行ってしまったあとにいらっしゃったお客さんです」


「ごめんて」


 ロゼが責める目つきで淡々と返すと、ノルはぽりぽりと頭を掻いた。その横でノルから手を離し、男の子がリリックに近づいた。


「おとうさん」


「リックどうした、こんなところで。おかあさんは一緒じゃないのか?」


「おかあさん迷子になっちゃった」


(迷子……)


 そこでロゼは気がついた。そういえば、前にオムライスを作ってあげた男の子がいた。あのときの子供がたしかリックと名乗っていたはず。

『リリック』と『リック』。

 なるほど親子か。ロゼのなかでふたりの関係が結びついた。


「こんにちは、リックくん。お久しぶりですね」


 ロゼはリックの側にしゃがんで笑いかける。きょとんとした顔で首をかしげている。しかしすぐに思い出したのか、にぱっと笑って「オムライスのおねえちゃん。こんにちは」とあいさつしてくれた。


「まさかリリックさんのお子様でしたとは。これはまた偶然ですね」


「ああ! もしかして、前にこの子を保護してくれたお嬢さんっていうのは」


「ロゼのことだな」


 驚くリリックにノルが相槌を打った。


「えっと、じゃあノルっていうのは」


「俺のことだなぁ」


 これにもうんうんと頷き、ノルは付け足す。すると、男はノルを見て可笑しそうに吹き出した。


「あはは、なんだ。そうですよね。この子がノルっていう喋るうさぎに助けられたとかいうから、なにかと思っていたら、こちらのお兄さんでしたか」


「あ、うん。まぁ間違ってはいないけどな……」


 実はうさぎ(星霊)なんです。

 とは、ふたりも言えないので、互いに目で合図しあって適当に笑っておいた。


「おとうさん、それなぁに?」


「これか? お母さんへのプレゼントだよ」


「ぼくには?」


「あー……すまん。それは今度なぁ」


 リックがすこし拗ねたようすで、プレゼント箱を自分が持つと言いだした。リリックから箱を受けとると大切そうに抱えた。ノルが屈んでリックと目線を合わせて笑った。


「それじゃあ、リック。おとうさんと会えたみたいだし、ノルさんはここまでなー」


「うん。ありがとう、うさぎさん」


「おうよ。もう迷子になんなよー」


 ノルがリックの頭を撫でてやると、彼は嬉しそうに目を細めた。


「では、リリックさんも。これで」


「ええ。本当にきょうはありがとうございました。プレゼント選びに、この子の面倒まで。またなにかお願いすることがあると思いますが、そのときはまたよろしくお願いします」


「はい。ぜひ」


 親子は手を繋いて歩き出す。リックが振り向き、手を振っている。ノルが片手をあげて応じたその時だった。

 ロゼたちのうしろからとつぜん怒号が飛んできた。

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