ハーブソルトと豚バラ串①

 やぁ、そこのきみ。ノルだ。

 きょうはロゼが不在だから、俺だけで我慢してほしい。

 祭り、きみは好きか? 

 この国では春に一年の豊作を祈る祭りが開催されるんだぜ。

 その名も豊穣祭。

 あちこちにかがり火を焚かれて、たくさんの市が開かれるんだ。いいよなぁ祭り。

 そんなわけで俺は、はりきって祭りをパトロール中だ!

 え、誰に向かって話してるのかって?

 それはなぁ——




「うさぎさんが、ぶつぶつひとりでしゃべってる」


「いやいやいや。おまえさんに話かけてんだろ? つか、どうした。まーた、迷子か? 少年」


 ノルは目の前にしゃがみこむ子供に声をかけた。


「おまえあれだろ? このまえ迷子になってた少年。ロゼにオムライス作ってもらってたやつ。名前なんつったっけ? キース? カール? 悪いが忘れちまったよ」


「リック」


「そう、リックだ、リック。それで? 迷子なのか?」


「ううん。お母さんがはぐれちゃったんだよ」


「わかった。正門のまいごお預かり窓口にいこうな。ついてこーい!」


 ノルはぴょんぴょんと駆け出し、そのうしろを男の子がついていった。


 ◇ ◇ ◇


 王都の正門近くには小さな軍の詰め所がある。基本的には城の警備を任されている彼らではあるが、城下で起こる問題にも即時に対応するべく兵士たちがこちらにも配置されている。正門の検問業務、通りの巡回などなど。まいにち多忙を極める軍ではあるが、ときおり迷子の子供を預かることもある──。


「ああ? 無理だ、無理だ。いまは祭りの時期なんだ。悪いが自分で母親を探してやってくれ」


「いやいやいや。迷子を預かるのもそちらさんの仕事だろう? しっかり仕事してくれや」


「なんだと⁉ きさま我らにたてつくつもりか!」


「あー、はいはい……。いいです、すみません、謝ります。よし、坊主。兄ちゃんが一緒に探してやろう。いくぞ」


「うん、ありがとう。おじさん」


「おじさんは駄目。微妙なラインだから、お兄さんにしてくれる?」


「うん。ありがとう、うさぎさん」


「けっきょく、そこに戻るのね……」


 ノルは肩を落としてため息を吐いた。いまのノルは人間体だ。普段はロゼから可愛くないから嫌だと言われて、こちらの姿は控えているが、子供をここまで誘導するのにこの恰好をとっている。理由は、うさぎの姿では迷子の受付ができないから。なお、いまの姿の詳細は割愛するので想像にお任せする。


「坊主。母親とはぐれたのはどのあたりだ?」


「広場。くしやき屋さんのところで、お母さんどっかいちゃった」


「広場か……。んー、ちとあそこは行きたくねぇなぁ。耳が痛くなるし」


「うさぎさんだもんね。いろんな人の会話ひろっちゃうよね」


「お、わかってるなぁ坊主。しかし、会話を拾っちゃうーとか難しい言葉よく知ってんな」


「うん。お母さんがね、お父さんとあいじん? とかいう人の会話をひろって紙に書くから静かにしてなさいって言ってたから。それできょうお母さん、広場でお父さんを見つけて追いかけていっちゃったんだよ」


「……あー、うん。坊主、きょうはノルさん(人間体)と一緒に祭りを楽しもうな!」


「うん!」


 ノルはリックを連れて軍部をでた。


 ◇ ◇ ◇


「さてと、どっから行くかな」


 母親を探すにしても、なるべく遠回りをしたほうがいいだろう。修羅場に遭遇しても困るし。

 ノルがリックの手を引き、通りを歩いていると、前方の人混みがさーっと波引くように通りの両脇へと移動した。

 その中央。大通りの真ん中を青い軍服姿の青年が白馬に乗ってやってくる。そのまわりには六人程度の騎士たちが、やはり青年を囲うようにして馬を歩かせている。民衆から「サフィール殿下!」と手を振られていることから、白馬の青年は偉いやつなのだろう。


(サフィール……?)


 どこかで聞いたような?

 うーんと首をひねったノルは、あっと思い出した。


「ああ、たしかペリードとかいうやつが仕えてるっつってた、王子様か」


 先日の森狼討伐を指揮してうんぬんというやつだ。偉いやつだからみんな道を開けているのだろう。なにも考えずに呆然と道の真ん中に立っていたノルは、近づいてきた彼の親衛隊らしき男に馬上から睨まれた。


「おい、殿下の御前だぞ。さっさと下がらないか」


「悪い、悪い。坊主、ほれ」


 ノルがリックの腕を引っ張るが、リックは王子様をみあげて目を輝かせている。一歩も動いてくれない。


「うわー、すごい! 青騎士の王子さまだ! ぼく、王子さまとお話したい」


「ばっか! そんなことしたら、不敬罪でつかまんぞ? ほらさがった、さがった」


「王子さまー!」


「ちょ、おま……」


 ノルの制止を無視して、リックが叫ぶ。その結果、王子様の通行は妨げられてしまい、数人の親衛隊が馬をとめて降りてくる。すらりと伸びる剣先の数々。

 ノルは親衛隊に囲まれてしまった。


「なにやつ。殿下! おさがりください。もしや刺客のひとりかもしれません」


「ちがっ」


「わーい! 王子さまだー」


 リックが両手をあげて喜ぶ。


「嘘だろ? なんでこの坊主、この状況で平然としてるわけ? つか、怖いんだけど! 刺客じゃないし、ただのうさぎですから! 剣さげてくれよーっ」


 リックとは違う意味で両手をあげてノルは叫んだ。そこに凛とした声が落ちてくる。


「やめなさい! 善良な民に剣を向ける者があるかっ。ただちに彼を解放せよ!」


「はっ」


 王子様の言葉と同時に腰の鞘へと剣を滑らせ、後退していく親衛隊の姿にノルは心から安堵した。


(よかった……)


 深く息を吐くと、驚くことに王子様が声をかけてきた。


「申し訳ない。部下たちが非礼を働きましたね。この通り許してほしい」


「殿下っ!」


 親衛隊が口々に叫ぶ。民衆たちもざわめきだした。無理もない。一国の王子が頭をさげているのだから、誰もが驚くだろう。ノルはすこし気まずくなり、頭を掻いて王子様から視線をそらした。


「あ、いいえ。気にしてないんで大丈夫です」


「そうか、それならばよかった。そちらの少年も、危ないですよ。馬がかっこいいのはわかるけれど、お兄ちゃんのいうことは聞きましょうね」


「はーい! 王子さま、あくしゅしてー」


 リックが手を伸ばすと王子様はわざわざ馬からおりて彼の前にしゃがむと手を握って笑ってくれた。リックは大喜びだ。


「君もよければ」


「え、あ、どうも」


 ノルとも握手をかわし、王子様は馬の背にあがると、そのまま親衛隊を引き連れて通りを進んでいった。やがて正門に辿り着くと、ひとことふたこと門兵と言葉を交わしてから、王都のそとへと出ていった。


「ふつうにいい人だな」


 国の偉いやつだと聞いていたから、文字通り偉そうに椅子にでもふんぞり返っているような人間だと思っていたが、案外まともそうなやつ。

 ノルは王子様に向けて手を振っていたリックの手をひき、つぎの場所へと移動した。

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