ゴマ香る海苔のおにぎり①

 可憐な少女を追ってもぐらの穴に落ちると、そこは地下にある異郷でした。

 花が咲き誇る楽園。

 穏やかな春の気候。

 たわわに実るりんごをかじり、ああしまった!

 うさぎのノルさんは地上に戻れなくなってしまうのでした。




「——っと、こんなはじまりはどうしょうか?」


「ないわー! さすがに自分で『可憐な少女』はないわー!」


「う……それは、わたしとて本意ではないのですよ? ただ、そうしたほうがお話的にはワクワクするかと」


「ワクワクしなくていいから! はやくここから出してもらえる!?」


 ノルは穴の中から叫んだ。


 ◇ ◇ ◇



 ここはニアの森の一角だ。いつものように楽しく語らいながら歩いていると、森狼をみつけたロゼが走り出し、そのあとを追ったノルがもぐらの穴に落ちてしまったのだ。現在ロゼはノルを助けるべく、地上から穴底をのぞいていた。


「ノルさーん、ツルを垂らすので捕まってください。引きあげます」


「いや! お前の魔法でなんとかしろよ!」


「すみません、ノルさん。わたし、風の魔法はあまり得意ではなくて……。どうしてもと仰るならそうしますが、その場合はノルさんの身体が木っ端みじんになります」


「ツルでお願いします」


 ロゼは手近なつるを探して、穴に落とすとノルを引っ張りあげた。


(良かった)


 もぐらにかじられてはいないようだ。彼らは肉食なので、ノルのような小動物には危険なのだ。


(まぁ、人であっても危ないのですが)


 人里から離れた場所にいるもぐらは、畑に生息するような可愛いサイズではない。土の竜。土竜もぐらと呼ぶにふさわしい大きさをしている。つぶらな瞳こそ変わらないが、彼らはときおり人を襲うこともあるのだ。


「ふぃー、助かった。ありがとな、ロゼ」


「いえ。今度はうっかり穴に落ちないように気をつけてくださいね? ノルさんなんてもぐらの前ではひとくちでぱくりですから」


「こわっ!」


「もちろん冗談です」


「なんだよ、驚かすなよぉー」


「……半分くらい」


「半分かよ!」


 前足でぴしりと腕を叩いてくるノルに彼女は笑った。


「さてと、さっさと依頼をこなしてしまいましょうか」


「あー、森狼もりおおかみだっけ? 増えすぎたから駆除しろってやつ……。相変わらず人間は勝手だよなぁ、もっと生きものいたわれってんだ」


 ぼやくノルにロゼは苦笑する。


「まぁ、こういうのは避けては通れませんからね。わたしたちが討伐した狼たちの亡骸は、彼らの食卓にのぼり、ふたたび新たな生命いのちを育むのです」


「それ、さらに狼が増えるだけでは?」


「さぁ、ノルさん。張りきって倒しますよ!」


「ねぇ、きいてる? せめて炎で燃やして弔ってあげて?」


 びしっと人差し指を森の奥へと向けてロゼは走り出した。


 ◇ ◇ ◇


「全然いないな」


 ロゼの腕に抱かれたノルはあたりをきょろきょろ見渡した。さきほどから狼のいっぴきも出てこない。楽で助かるが、きっちり仕事をこなさないと先日のように報酬がもらえなくなるのでは?

 ノルは心配になって、つぶらな瞳をロゼに向けた。


「あの眼鏡の兄ちゃん。国のお偉いさんに仕えてるって言ってたけどよ。それでその……なんとか王子? そいつの指揮のもとで依頼を出してるから今回はけっこうな額が城から払われるって話だが、また偽の情報とかじゃないだろうな?」


「そこはご安心ください。こちらにくる前に下調べをしておきました。なんでも森狼たちが爆発的に増えてしまい、街道の行商人を襲うまでになってしまったのだとか。ちょうどいまは春の時期ですから、食べ盛りの子供たちをかかえて色々とたいへんなのでしょう」


「いろいろ大変って……」


 ノルが内心で「ええ……」と思っていると、近くの茂みが揺れた。ぴたりとロゼが足をとめて右手で杖を構える。

 狼がいっぴき飛び出してきた。ちょうど大型犬くらいの大きさだ。ノルが王都を散歩中に近所で見かける犬と同じくらい。牙をむき出し、ぐるると低くうなった狼は、天高く跳躍してノルたちに飛びかかる。

 だが、ロゼはその場を動かない。

 一瞬だけ目を閉じてから、すぐさままぶたをかっと開いて叫んだ。


「あなたの身体を鉄串に! 縫いとめましょう、炙りましょう。『炎の鉄串ルイン・ナ・イグニス!』」


 瞬間、ごうっと燃えさかる炎の槍が狼の後方に三本顕現する。こちらに牙が届く寸前だった狼を背後から突き刺し、罪人さながら地面に突き立てた。串刺しだ。炎の槍に身体を取られた狼は、口から血霧を吹いてこと切れた。ぶらんと力なく垂れた手足が痛々しい。

 ノルが呆気に取られているうちに、狼たちがわらわらと茂みの影から現れた。その数、数十匹。しかしロゼはおくさない。彼らを視界に収めると、


「あなたの舌は大火傷。あつあつのハーブティーを淹れてさしあげます」


 今度は彼女の杖から閃光が瞬いた。大気を炎が走り、あっという間に狼たちを業火の海へと閉じこめる。


『ヒャウン……』


 か細い声をあげて狼たちが後退する。尾をたらして頭を低くし、怯えているようにもとれる。しかしロゼは容赦しない。


「──さぁ、逃げられませよ? 『灼熱の海流メル・ノル・イグニス!』」


 彼女が詠唱を終えた時、狼たちは炎渦えんかにのまれて高く上昇し、その身を赤く焼いた。まぶしいばかりの炎の竜巻。あたりの木々を巻き込んでやがて収束すると、黒く染まった狼たちの骸が空からぼとぼとと落ちてきた。高く積まれた骸の山。ノルがぽつりとこぼす。


「うわ……」


 自分はロゼに抱えられていたから火傷ひとつ起こさなかったが、周囲を見る限り、焼け焦げた葉から白煙があがっていて、さすがのノルも身震いした。


「お前……けっこう、えぐい魔法使うのな。ノルさん、あまりの衝撃に耳が垂れちまったよ」


「それはいつものことじゃないですか。もともと垂れ耳ですし」


「そうだけど、もちっとこう……手加減とかしてやったら?」


「いえいえ。敵に情けはいけません。それにわたしなんかはまだ可愛いほうですよ? 師匠せんせいなんかはもっとすごいですし……」


「ほーん、たとえば?」


「そうですねぇ……」

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