春のロールキャベツ③
「たとえば、お前……いや、ロゼの可愛さを後世に遺すとき。一般的には画家を雇い、時間をかけて肖像画を描いてもらうことになるが、この魔動機を使えば一瞬で絵にすることができるという話さ」
「はー、なるほど……。それはめちゃくちゃ便利ですね」
ロゼが感心するように頷いた。
「だろう? だから、どうにか直せないものかと思ってな。いろいろ試してはいるんだが、うまくいかなくてな」
苦笑を浮かべるロシェ。ロゼが四角い箱を手に取り、くるくると動かして観察している。
(いや……)
いまさらっとこの姉ちゃん、とんでもないこと言ってたぞ?
隣で聞いていてノルは思わず紅茶を吹いてしまった。可愛いお前を後世に遺すときた。この姉ちゃん、正気か?
「あ、そろそろ。ロールキャベツが出来ますね」
ロゼが立ち上がり、鍋の前に立つ。ふたを開ければ腹が鳴りそうな匂いが部屋中に広がった。彼女はかまどの火に水を放つと振り向いて言った。
「ロシェさん。すこし遅くなってしまいましたが、よければお昼ごはんにどうですか?」
「いただくよ。皿はそこのやつでいいかな?」
ロシェが椅子から立ち上がると、ロゼが慌ててノルに指示を出す。
「あ! いえ、座っていてください。——ほら、ノルさんお皿を並べてください」
「へいへい」
ノルは棚に飛び乗り、器用に皿を頭に乗せると、今度は調理台に移動して皿を並べた。そこへロゼがロールキャベツを盛り付けていく。最後に
「はい、完成です」
「おお、うまそうだな」
ロシェが皿を覗き込む。目を細めて嬉しそうだ。三人でホールに移動して食卓を囲む。今日の昼食はロールキャベツに、パンとにんじんスープ。それからデザードはりんごだ。もちろんうさぎの形に整えられている。
ぱんと白い布を広げて膝に置いたロシェがいちばん最初にロールキャベツを口にした。
「うん。うまいな」
「それはよかった」
ロゼも彼女につづいて、ナイフとフォークを使ってロールキャベツを切りわける。うまく切れていない。隣で見ていたノルは「何でこいつ今日はナイフ使ってんだ?」と不思議に思ってロゼをみあげたが、彼女の前で綺麗に食事をするロシェをみて理解した。
彼女はふだんそこまで品のある食べ方はしないが、今日はロシェに合わせているのだろう。無理などせずに自由に食べればいいものを。
ノルは皿に顔を埋めてロールキャベツを堪能した。
(うま、うま……)
ロゼとロシェが楽しそうに歓談している。ノルもふたりの会話に入りたいが、なにか専門的な話をしているようなので、ロールキャベツに意識を向けることにした。
ノルはロールキャベツに鼻を近づけ、すんすん匂いをかぐと、渋みを深めた顔をつくった。
(ほほう。かぐわしい香りに誘われて顔をあげると、琥珀色の海に浮かぶ大きな宝箱。中身を開けるとそこには……)
うまい言葉が見つからない。
解説すると、フォークですんなり切れるほどに柔らかなキャベツの中には、肉汁たっぷりのひき肉が詰まっている。
香りは上々。ぱくりとひとくち頬張れば、たちまち口のなかにじゅわりと汁気が広がり、粗びき特有の歯ごたえを感じる。しっかりと肉を食べているこの感じ。ああ、最高だ。
くわえてキャベツはほどよくとろけて、ノルの小さな歯でもきっちり噛みきれるほど柔らかだ。
さすがは春のキャベツといったところか。琥珀色のスープもうまい。肉のうまみと野菜の甘みが溶けて絶妙な味わいを奏でている。ライスがあれば、スープに沈めて食べたかったなぁ。以上。
(うん、パンでもいいんだけどよ。今日はライスの気分なんだよなぁ)
当然ながらスープにすべての旨味が凝縮されているから、リゾットにしたら最高だろう。なによりロールキャベツ、ライス、ロールキャベツ、ライスと交互に食べるあの感じが堪らなくノルは好きだった。
ノルがひとりでロールキャベツに向き合っているうちに、ふたりは二皿目に突入していたようだ。ロシェがロゼから皿を受け取り、どこか懐かしそうに目を細めた。
「やはりうまいな」
ロールキャベツをフォークに乗せて、彼女がしみじみと語る。
「実はわたしはこの味のロールキャベツが好きでな。あまりこちらでは見かけないから、こうして口にができるのは嬉しいよ」
「そうなのか?」
ノルもお代わりをもらって、ロシェの顔をみあげた。
「ああ。琥珀色のスープのやつは珍しい。もしかして、ロゼは竜帝国の出身かな?」
「はい、大陸湖の近くです」
「そうか、ではわたしと同郷だ。この国のロールキャベツは赤いからな。酸味が強くて苦手なんだ。今日はロゼのところに来て正解だったな」
「じゃあ、それで修理代はちゃらってことで」
「それは出来ない相談だ」
「ちぇー」
ノルはぴょんぴよんと魔動機に近づき、ぺしぺしと叩いた。こちらに移動するときにロシェが持ってきて、カウンターにおいたのだ。
「ノ、ノルさん! なにをしているんですか! そんなことをして壊れでもしたら」
ロゼが慌てて椅子から立ち上がる。
「いやな? このままだと高い修理費を払わなくちゃいけなくなるだろ? でもこれが直って、その姉ちゃんのいう被写体? の実験ができればタダになるかなって——」
身体をひねり、反動を利用してばちんと叩く。すると、
〈ぱしゃり〉
「あ!」
箱の下部から、するりと紙が落ちた。そこに写っていたのは、もふもふの黒毛。ノルのお腹の毛だった。
「あん? なんだこれ、俺の腹か?」
「──なに! 直ったか⁉」
ロシェが勢いよく立ち上がり、ノルのもとに小走りで近づくと魔動機を持ち上げた。
「ちょっ——」
彼女がいきなり魔動機を奪ったせいで、ノルはこてんと転がり、床に激突した。涙を浮かべてうえをむくと、嬉々とした顔で魔動機を観察するロシェがいる。そして、ぱしゃりと音が鳴った。今度はノルの全身がうつった紙が吐き出される。
「これは——」
ロシェが感動した面持ちで振り向く。いまにも告白してきそうな勢いだ。
「ノル!」
「な、なんだよ」
「よくやった。礼をいう。修理代はちゃらにしてやろう」
「ほんとうか!」
ノルとロゼが互いに「やった!」と顔を見合わせる。思いもよらぬ幸運だ。偶然にも直った魔動機をノルたちに向けてロシェが言った。
「ああ、また何かあればうちに持ってくるといい。今後はすべて一割引きで直してやろう」
「一割なんだ」
もっと値引きしてほしい。
ふたたび『ぱしゃり』と音がして、出てきた紙にはふたりのなんとも言えない顔が映っている。
「——いや、なに。今日は魔動機といい、ロールキャベツといい、実によい一日だった。ありがとう、ロゼ。そしてノル」
そうして
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