春のロールキャベツ②

 ネモの花が咲きはじめる春の日のこと。ことの起こりは朝食後のことだった。急にぱったりと冷えなくなった冷蔵庫(ロゼが特注した冷蔵用の魔動機)を修理するべく、ふたりは王都貧民街にある『ロシェの雑貨店』の門をくぐった。


 ここは雑貨が置いてあるほかにも魔導品の修理を請け負ってくれる店なのだが、たいへん高価な修理代をむしり取られることで有名だった。しかし腕は一級品。数ある王都の修理屋のなかでも群を抜いてすごい。頼むなら絶対ここ。


 そんな噂を聞きつけやってきたふたりだったのだが……案の定、到底払えない額を提示されてしまい、店主ロシェの頼みをきくことで修理代を割引きしてもらうことになったのだ。つまるところいまのふたりの冒頭劇は、ロシェが指示したお芝居であり、すべて仕込みだった。


「すまないな、ふたりとも。さきほどから芝居を打ってもらっていたところ悪いが、ひとつも撮れていなかった」


「いえ、ロシェッタさんこそ。さきほどから修理お疲れ様です。よろしかったら、そちらのハーブティーをどうぞ」


「ああ、いただくよ」


 ロゼが調理台のポットをさし示すと、ロシェは椅子から立ち上がり、四角い箱を椅子に置いてこちらに歩いてきた。

 揺れる蜂蜜色の金髪。後頭部の高い位置で結われた髪はさながら馬の尻尾のようだ。うさぎのノルでも見惚れてしまうくらい、整った容姿と豊かな二つの丘。名前が似ているふたりでもまったく違う。少々失礼なことを考えながら、ノルはロゼの胸部をちらりと見た。


「……ごほん。ノルさん、またにんじん抜きにしますよ?」


「おおっと! 今日もロゼは美人だなー。うんうん。ノルさんつい見惚れちまったよー」


「また調子のいいことを」


 わざとらしくノルが話題をそらすと、ロゼはじとりと彼を見下ろした。そんなふたりのやり取りにくすりとロシェが笑う。


「魔動機の修理はもうすぐ終わる。あと一時間ほど厨房に立ち入らせてもらうことになるが……店のほうは大丈夫か?」


「はい、もちろんです。お客さまとか来ませんので」


「それ、言っちゃうのか?」


 ちなみにノルが喋ってもロシェが驚かないのは、彼女は錬金術士という職業柄、そういう不思議な現象には慣れているからだと今朝話していた。ロゼがノルの頭を指で小突く。


「まぁ嘘をついても仕方がないですからね。こういうことは正直に言ってしまうほうがよいかと」


「いやいやいや。仮にも今後客になるかもしれない相手の前でそれは駄目だろ。客のこない店なんて外聞悪すぎだろーが!」


「そこは『知る人とぞ知る名店』というやつですよ」


「その自信はいったいどこから」


 両手に腰をあてて澄まし顔で話すロゼに、ノルが呆れた声で返すと、ロシェが可笑しそうに吹き出した。


「ははは! ロゼだったか? なかなかに面白い子だな。正直な娘はわたしも好きだぞ。年齢はまぁ……すこしいってはいるが、今度うちに遊びにくるといい。お茶でも出すからゆっくり話そう」


「え? 姉ちゃん、そっちの趣味でもあんの?」


 ロシェは微笑を浮かべてノルの言葉を流した。


「さてと、あとは煮込むだけですね。ノルさん、火をつけますので離れていてください」


「おうよ」


 ロゼがかまどの前で座り込み、指先にぽっと火を灯す。ロゼ曰く、簡単な魔法なら呪文を唱えずとも使えるそうだ。


「器用なもんだなぁ。道具を使わずに火を出すなんてさ」


「ふふん。わたしは篝火かがりの魔女。火棒マッチなしでも、かまどに火を灯してさしあげます」


「ねぇそれやっぱり決め台詞なの? しかもそれ、ただの火棒マッチ扱いだけどいいの?」


 涼やかな顔でロゼが立ち上がる。それをぼんやりと眺めて頬杖をつきながらロシェがつぶやく。


「たしかに。流石は篝火かがりの魔導師だな」


「……? もしかして、どこかでお会いしたことがありましたっけ?」


 ロゼが首をかしげると、ロシェは首を横にふって返した。


「いや、以前、城で魔導師帳簿を見せてもらったことがあってな。そこに書いてあった。依頼をするなら君がいいと城の者から言われたよ」


「ああ、それで……」


 あの帳簿は希望すれば一般の者でも閲覧できる。魔導師に仕事を依頼したい人、仕事を請け負いたい魔導師。その仲介役を城で執り行っているので、ロゼの仕事も城からの斡旋が多いのだ。


「あれだろう? ひとりで睡魔鳥スーピーを倒した、だったか? あれは数こそ少ないが、人里に降りてくると厄介だからなぁ」


「そうですね」


 ロゼの表情が引きつった。この前、森で彼女が話していたが、実際は本人の手柄というわけではないから、心中では複雑といったところか。


「ところで姉ちゃん」


「なんだ?」


「さっきの四角い箱はなんなんだ? なんども俺たちに向けていたが……音が鳴るたび光が走ってまぶしくてかなわなかったぞ」


「それはすまかったな。あれはまぁ……古い遺跡から出てきた魔動機のひとつだな」


「魔動機? ああ、そこの冷蔵庫みたいなもんか」


 ちらりとノルが厨房の隅をみると、そこにはどでんと大きな四角い箱が鎮座している。表に二つ扉がついており、開けると上がひんやり冷たく、下は凍えるような寒い空間が広がっている。以前、下の扉を開けてなかに入ったら死ぬ思いをしたノルだった。思い出してぶるりと身体が震えてくる。


「なぁ、そのたまに聞く魔動機ーとか、魔導品ーってのはなんだ?」


 ノルがうしろ足で立って、つぶらな瞳をロゼに向けると、彼女は一瞬逡巡したあと、簡単な違いを口にした。


「ええっとですね……魔法を閉じこめたものを『魔導品』といいますが、そのほとんどが小型で普段から身につけられるものが多いんです。それに比べて『魔動機』には大型なものが多く、用途も魔法というよりは、生活をちょっと便利にしてくれるものを指すんですよ」


「うーん……違いがわからん。大きさ? で呼び名が変わるってことか?」


「いえ、いちおう明確な違いはあるのですが……」


 答えに詰まり、ロゼは考えるように上を向いた。そこにロシェが助け舟を出す。


「魔石を核にしたものが『魔導品』。火をともしたり、風を出したり、魔石の力を使って魔法を導く装身品。反対に『魔動機』は、大気に満ちた魔力を動力とする機械からくりを指す。造りがすこし違うんだよ」


「ほうほう。とりあえず宝石っぽいのがついてるのが魔導品でそれ以外が魔動機ってことか」


「そうなるな。あとはまぁ、お前が使って魔法を出せるが魔導品だな。魔動機を動かすにはそれなりの知識がいる」


「んじゃ、俺が『アクア・スラーッシュ!』って叫んで必殺技きめられんのが魔導品で、それ以外はガラクタってことか」


「ノルさん……その覚えかたはどうなんでしょうか」


「そうか? わかりやすくていいだろ」


「ま、まぁ……?」


 うしろ足で立ちあがり、腰に両手をあてるノルの姿にロゼもロシェも苦笑する。


「——で、さきほどの魔動機だが、あれを使うと空間を切り取り、紙に浮かびあがらせることができるらしい」


「うん? 空間を切り取る?」


 なんだか難しそうな話だ。ノルが小首をかしげるとロシェが「そうだな……」とつづけた。

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