春のロールキャベツ①

「たたたたたた大変です、ノルさん!」


「あん?」


 にんじんをかじっていたノルは、うしろから聴こえてきた声に振り返る。珍しく慌てたようすのロゼ。どたどたと走ってきたと思えば、急に頭を抱えてうずくまった。


(なにやってんだ、こいつは?)


 ノルはにんじんを平らげ床に飛び降りると、彼女に近づいた。


「どうした? 今日はいつものひとりごとは無しか?」


「いまはそれどころじゃないんですよ!」


「ほうほう。ならこの、イケウサこと魅力たっぷりなうさぎのお兄さんに話してごらん?」


「気持ち悪いです……」


「ええーっ⁉ そんなに引くなよぉ……」


 口元に手をあてて、うわ……と文字通り身を引くロゼに彼の心は傷ついた。


「あのな? うさぎさんは繊細なんだよ? すこしのショックで毛ぇむしりはじめるし、ちゃんと優しくしてくれないと。ロゼだって嫌だろ? 俺が丸坊主になったら」


「丸坊主……それはそれで見てみたいような……」


「やめて。真に受けないで! けっこうグロテスクな姿だから」


 ぽつりと紡がれた声に、耳を交差バッテンしてノルは改めて彼女に訊ねた。


「んで? どうしたって?」


「実はですね。冷蔵庫が壊れてしまいまして……」


「ああ、あの謎の文明の利器」


「はい。それで修理に出そうと思うのですが、中の豚肉が危ない状態に……」


「危ない? 腐ったってこと?」


「いえ、まだ。ですが、あと一時間足らずで駄目になること間違いなしです」


「またピンポイントな……」


 一時間で駄目になるならすでに駄目になっているのでは? などとノルは思うわけだが、そこはさらっと流しておいた。


「じゃあ、急いで調理しちまったらどうだ? そのあと冷蔵庫の修理を出しに行こうぜ」


「そうですね。なにが食べたいですか?」


「うーん、部位にもよるが……塊ならスペアリブ。薄切りならポークジンジャーかな」


「すみません、挽き肉なんです。それも粗挽き」


「粗挽きかぁ、ならロールキャベツなんかどうだ? きのうキャベツ買ってたろ。春だから柔らかいのが出回ってるとか何とか言って……」


「ロールキャベツ。いいですね、ではさっそくノルさんはキャベツのほうをお願いします。わたしは中につめる種をつくりますので」


「りょーかい」


 ふたりは厨房に移動して、ロールキャベツづくりをはじめた。

 ロゼがひき肉をこね、ノルがキャベツの葉を一枚ずつはがしてから、水で綺麗に洗って、沸騰したお湯に沈めて下茹でする。そのあとは、茹でたキャベツを広げて肉を詰めてくるくると——


「……って! おい!」


「なんでしょうか」


 首を曲げて聞き返すロゼ。ノルは後ろ足で立ち上がり、器用に箸を使ってキャベツをつまみ、びしりと彼女に手渡した。ロゼはキャベツを受け取り、肉をつめてくるくると巻いていく。さすがの手際だ。


「いやいやいや、これは退屈するだろ、ここは」


「なにをいまさら。うちは料理屋さんですよ? しっかりご飯を作っているところも見せないと、看板タイトル詐欺になってしまいますよ」


「またそういう際どいことを言う……」


「いえいえ、だってほら——」


 ロゼが厨房の隅に視線を向けた。

 そこにいたのは眼鏡をかけた知的な美女。なにやら四角い箱をこちらに向けている。なんだろうとノルが不思議に思うとぱしゃりと閃光が瞬いた。


「うぉ! まぶし……」


「ふむ。やはり再現するのは難しいか」


 箱から出てきた小さな紙をひらひら振って美女がつぶやく。


「え? だれ? っていうか、いつのまにそこにいたの?」


 ノルはすこし大袈裟に驚いてみた。


「おや? ノルさん知ってて『退屈するだろー』とか言っていたんじゃないのですか?」


「うぐ……! それは……」


 ロゼの指摘にノルは耳を抑えてうずくまった。


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