夏野菜のサンドイッチ④

いにしえよりこの地を守護する土精ウイルよ。我が願いを聞きいれ大地の王をここにべ。地上を統べる竜の御名みな。その名は──『地竜テラドレイク』」


 わずかな間。

 やがて静寂のあとにぼこぼこと土が盛り上がり、ぽこんと小さき姿がロゼの足元に現れる。


「もぐら!?」


「──の、泥人形です」


 もぐらっぽい土人形。ちょうどノルと同じくらいの大きさだ。


(うーん、やはりうまくいきませんか)


 イメージと違う。ロゼのなかでは巨大な地竜を想像していたのだがずいぶんと小さい。形ももっとこう、きざきざの歯をたずさえた岩の大蛇のようなものを脳裏にえがいていた。あれでは地竜というより完全に土竜もぐらだ。ロゼはノルに頭をさげた。


「すみません。駄目でした」


「え!」


「いちおう正式な祈りを唱えてみたのですが、それでもこの威力。やはりわたしには炎以外は向いていないようです」


「はぁ!? 魔女なのに!?」


「魔女でもです。こういうのは向き不向きがありますので」


 そりゃないよという顔でノルがうなだれる。けれど仕方がない。正直、土の魔法とか地味だから、いままであまり練習してこなかった。うまく使えないのも当然だ。彼には悪いが魔法なんてそんなものなのだ。ロゼは開き直った。


『ぐるるるるるる』


「ああ、うさぎさん。熊さんがだいぶお怒りのご様子ですが」


 熊がこちらを見ている。地の底から響いてくるような低いうなり声。すぐに襲ってこないのは魔法を警戒しているのかもしれない。


「あーっ! もういい! 役立たずの嬢ちゃんは下がってろ!」


 ノルがロゼの前におどり出た。鋭い咆哮ほうこうをあげる熊。どしんどしんと土を蹴ってこちらにつっこんでくる。どうやらロゼを先に始末しようと判断したらしい。ロゼをめがけて熊か突進してきた。


「嬢ちゃんっ、にげろーーー!」


 ノルが叫んで前足を広げ、ロゼの前に立ちはだかる。


「うさぎさん!」


 ロゼが手を伸ばしたその瞬間。どんっと鈍い音がしてノルが吹っ飛んだ。ロゼの前で宙を舞う黒うさぎの姿。ロゼは唖然あぜんとした。

 ノルはかろうじて受け身を取っていたようで、ころころと地面を転がり木の壁に激突すると、傷だらけの身体を起こしてつぶやいた。


「もう駄目か……」


 迫る熊。振り下ろされる爪の斬擊。ノルがまぶたを閉じたときだった。ロゼは熊の身体にぴたりと杖をつけた。熊が動きをとめる。いつのまにか背後に立たれていたことに熊も驚いているのだろう。なんとなくだけれど熊から緊迫感が漂ってくる。


「じょ、嬢ちゃん?」


「仕方ありませんね。お下がりください、うさぎさん」


「なっ! ば、馬鹿! はやく逃げろ! 相手は熊だぞ!? わかってんのか!」


「ええまぁ」


 ノルが慌てている。さきほどは熊を倒せだとかなんだと言ってきた癖に、いまとなったは血相変えてこちらの心配をしている。

 変なうさぎだ。だけど、彼は自分を逃がすために動いてくれた。正直驚いた。だからこれはほんの気まぐれだ。


「心配など要りません。だいたい雨のひとつやふたつ、わたしにとってなんの障害にもなりえませんから」


 ロゼは淡々と告げる。

 水が落ちるもとでは火が使えない? 

 まさか。魔導師相手にそんな常識ルールなんて存在しない。

 溶けない氷。まない炎。

 雨が邪魔なら雲ごと蹴散らしてしまえばいい。なぜなら彼女は──


「わたしは篝火かがりの魔女。天から降る雨など、美しい虹に変えてみせましょう!」


 祈る。これは、太陽をよぶ詩歌うただ。

 ロゼは力強く唄った。


「あなたの身体はぽっかぽか。冷たい雨で凍える心にハーブティーの温もりを」


 ロゼがばっとうしろに飛んで熊から距離を取る。そして、中空でにやりと笑みを浮かべて続きを告げる。


「……なんて、優しい言葉をかけると思いましたか? ──さぁ、口を閉じなさい。さもなければ舌を火傷しますよ? 『炎の海流メル・ノル・イグニス!


 刹那、ロゼのまわりに火の手があがり、ぐるりと熊を囲んで閉じこめる。ごうっと燃え盛る炎の牢獄は次第にかたち変え、竜巻に。天まて伸びて灰曇はいぐもを蹴散らすと、雨はき消え、空に虹のカーテンがひらめいた。

 ああ、なんて幻想的なのだろう。

 ロゼが見上げると、ノルもつられてうえを向いた。


「すげぇ……」


 ぽつりと紡がれる言葉にロゼは自信たっぷりの笑顔で返した。


 ──さて、助けたお礼にわたしの下僕になってもらいますよ?




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