夏野菜のサンドイッチ⑤
「──と、いう懐かしい話を思い出したのですよ」
「あったなぁ、そんな話も」
懐かしい、懐かしい。ノルは頷きながらロゼの話を聞いていた。
あれははじめてロゼと出会ったときのことだ。ちょうど腹が減っていたから、軽い気持ちで彼女のサンドイッチを奪ったら、ひょんなことから森で暴れるオオグマを退治してもらい、なんやかんやでいま彼女のそばにいる。下僕として。
(いや、まぁ……下僕という響きはなんか嫌だか……)
しかし人生予期せぬ出会いがあるものだ。ノルはロゼの隣でしみじみと腕を組んだ。いまいるここは王都近隣の街道だ。先日行われた夏のパン祭り。その帰路についていたノルたちは、馬車に揺られて懐かしい想い出話に花を咲かせていた。
ノルがちらりと横をみあげる。先日の農作業仕様と同じノースリーブのブラウスだ。まぁ道中暑い。珍しく髪も馬の尻尾のように結われていて、馬車が振動するたびに左右にゆれている。いつもは髪をおろしているから新鮮な光景だ。
(耳……外だと隠してるからなぁ)
ほんのわずかにつんっと尖った耳先。よく見ないと気付かない程度だが、ロゼ曰く、外ではうっかり耳に髪をかけてしまわないよう注意しているらしい。なんでも彼女は森に住まう特別な一族の生まれなのだとか。
ロゼが木網のバスケットを引っ張り、布をはずした。
「そろそろお昼にしましょうか」
「お、サンドイッチか」
「はい。ノルさんが、塩気が強いと文句を言っていた野菜とベーコンのサンドイッチです」
「うーわ、まだ根に持ってるよ……」
ノルは小さく息をついた。
「飲み物はレモン
「おうよ。あのスカッとするやつな。ちなみに冷えてる?」
「もちろんです。さすがにこの時期は熱いですからね。氷の魔法でしっかり冷やしておきました」
「わー、魔法ってべんりー。つか、氷の魔法とか使えたの?」
「使えたのですよ」
「ほほーん。いままでいちども見たことないけどなぁ」
まぁそういうことにしておこう。
ノルが皿を並べると、ロゼがバスケットをみせてきた。
「どれがいいですか?」
「んー。じゃ、その右のやつ。ベーコンカリカリしてるやつ」
「はい、どうぞ」
「さんきゅー。つか、どれも同じだろ?」
「いえいえ、ひとつだけ激辛味が入っていますよ」
「なにその、いらないサプライズ仕様」
「ちなみに目印はベーコンがいちばんカリカリしているやつです」
「え? じゃ、これじゃね?」
返品は不可ですよと、嫌な笑みを向けてくるロゼを尻目にノルは勢いよくサンドイッチにかぶりついた。
(ふっ、なめるなよ! 俺は辛いのは平気で──)
時がとまった。
「ノルさん?」
「…………」
「ああ、もしかして当たりでした?」
ノルの顔の前でロゼが右手をふる。
「ふふ。やはりわたしの予想どおり、ノルさんが当たりを引きましたね。だってかりっかりのベーコン、ノルさん大好きですもんね? いやぁ、本当にわかりやすいうさぎさんですとも」
誇らしそうな顔だ。
「くらえ! 俺の食べかけ激辛サンドぉ!」
「ふもぉ!?」
疾風のごとき速さでノルは手元のサンドイッチをロゼの口につっこんだ。お仕置きである。
「──っ!?」
彼女の顔がみるみると歪んでいく。やがて、げほっと吐き出すと、潤んだ瞳でノルのコップに手を伸ばす。
しかしノルは情けなどかけない。ロゼの目の前でレモン
「な、……げほっ! からぁ! みず、みず…」
ロゼがばたばたと荷台に手をさまよわせている。すぐに自分のコップを掴むと勢いよくかたむけ、ぐびぐひと喉を鳴らして、最後は口元をぬぐって息も絶え絶えだ。
「からぁ……、からぁ! 辛すぎますよ、これ!」
「いや……おまえが作ったやつだろ?」
「そうですけど!」
全力で叫んだ。
「うう……辛いです。なんでこんなもの食べさせるんですか、ノルさんの意地悪」
「それは俺の台詞だって──って、まぁいいや。なんか可哀想になってきた。ほれ、普通のほう食べて口を直せ」
「甘いのがいいです……」
「そういわれても。ジャムとかねーし」
荷台をみるが小麦と小麦粉しか乗っていない。ちょうどジャムは今朝で切らしてしまったのだ。蜂蜜なら探せばあるだろうが、それはそれで面倒だ。ロゼも諦めたのか、渡したサンドイッチを静かに食べはじめた。
「あー、小麦の甘さが舌に
「おまえ、その言い方、年寄りくさいぞ」
指摘してから、ノルもひとくち食べた。
「ん。うまい」
「でしょう? あのときは食材が手に入らなくて、そのへんの野草の塩ゆでとベーコンだけでしたけど、今回は夏野菜をふんだんに使っていますからね。おいしいはずですとも」
「うん。……え? 俺、あのとき野草くわされてたの?」
ロゼをみあげる。幸せそうな顔でぱくついている。ノルは黙ってサンドイッチを貪った。夏の野菜最高!
「それにしても、ノルさんと出会ってもう半年ですか。意外と早いものですね」
「だなぁ。一緒に王都目指してから、そのあともいろいろあったよなぁ」
「ええ。お店を出して、依頼を受けて。猫を探したり、森狼を倒したり」
「豊穣祭では修羅場にあったり」
「あとは喧嘩してノルさんが家を出ていってしまったこともありましたね」
「うぐ……それはいうな。──ほれ、このあいだのパン祭り。たくさんピザを焼いただろ?」
「焼きましたね。あれはおいしかったです」
ロセがうんうんと頷く。
「ノルさん」
「なんだ?」
「これからもこうして並んで一緒にご飯を食べられたらいいですね」
「おうよ。俺はいつでもロゼの隣にいるぜ」
「わたしもノルさんの隣に、たぶんいると思います」
「そこは絶対じゃないのかよ」
「まぁ、出会いもあれば別れもありますからね。ノルさんともいつかはさよならです」
「ええ……」
「でも」
ロゼがノルに小指を差し出す。
「ひとまず一緒にいられるうちは、こうして並んでご飯を食べましょう」
「おう。約束だぞ?」
「ええ、約束です」
互いに小指をくっつけ、夏の陽射しがまぶしい空の下。馬車に揺られながら、ふたりはサンドイッチを頬張った。
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