ハーブソルトと豚バラ串⑤
シャベル騒動をみごとに鎮めたロゼたちは、噴水広場に移動して祭りの夜を楽しんでいた。ぼっと爆ぜるかがり火と、軽快な音楽。そして愉しげに語らう人々の姿。とうに陽は落ち、あたりは暗いが、ここだけは昼間のように明るく、陽気な世界が広がっている。
ノルは広場のすみのブロックに腰かけて、豚串を買いにいったロゼを待っていた。ロゼが両手に飲み物と串焼きを持って戻ってくる。
「ノルさん、夜ご飯ですよ」
「おお、おつかれさん」
ノルは身体を横にずらしてロゼの席を作った。ロゼがノルの隣に腰かけ、彼の前に木のうつわに注がれたりんごジュースを置いた。いまのノルはうさぎの姿だ。おっさんとは歩きたくないというロゼたっての希望でこちらの姿に戻った。ノルは皿に顔を埋めて、ぺちゃぺちゃとりんごジュースをかぶ飲みした。
「しかしまぁ、さっき疲れたなぁ。おかげで兵士たちからくどくど説教くらうし、災難だったよ」
「まぁまぁ。でもよかったじゃありませんか。無事に仲直りができて」
「そうか? ノルさん、シャベル向けられたときはヒヤヒヤしたぜ? やべぇ、意外とシャベルって怖い! ってな」
「それはまぁ……でも、そんな日もありますよ。たまにはこういうハラハラどきどきな刺激も必要ですから」
「いらなくね? シャベルの刺激とか。つか、やけに今日は肯定的だな。どした? いつものお前さんなら、ぶちぶち文句を言いそうだが」
「いえ。純粋に家族の仲がいいことはいちばんだなと思いまして。一緒にいるのに、心が離れていては寂しいものですから」
「ほう……。そう言うってことは、もしかしてロゼんとこも仲良し家族だったりするのか?」
「いえ、逆ですね」
「逆?」
首をひねりロゼをみあげると、すこし悲しげな横顔がノルの瞳に映った。ロゼが微笑を浮かべて話す。
「わたしの両親は……いつもわたしのことで喧嘩をしていて、気づいたときにはふたりとも居なくなっていました。それで集落の長老さまのところでずっとお世話になっていたから、あんな風に仲の良いリックくんのご両親がすこしだけ羨ましかったりしますね」
「…………」
眉をよせてみあげてくるノルの背をなでて、ロゼはかすかに苦笑する。
小さい頃のことだ。
記憶にあるのは父と母の口論する姿。決まって喧嘩の理由は自分のこと。
──どうしてあの子の魔力はあれほどに弱いのか。
生まれつきだった。
優れた魔力を持つ一族のなかで、ロゼだけがその才に恵まれなかった。だから両親は自分を捨ててどこかへ行ってしまったのだと長老様が話していた。
ロゼはノルの背から手を離して、半分ほど自分の膝に顔をうずめて広場を眺めた。
なんだか遠い。
ほの暗い闇のなか。静かな炎に照られてぼんやりとうつる人々の姿。手を伸ばせば届くのに、掴むことのできないもどかしさ。
まるで、夢をみているような感覚。
それはかつての両親の姿と重なっていて、ロゼの心に影を落とした。
ぱちん。
真横で火花が散って、ロゼは頭をふった。
(いけませんね。ノルさんが困っています)
さきほどからだんまりを決めこむノルを一瞥して、そういえば買った串焼きがあったのだと思いだす。こんな話をしてしまったから、しんみりした空気になってしまった。ここはおいしい豚串でも食べて
「俺がいる」
隣からぽつりと声がきこえた。ノルが彼女をまっすぐみて目を細めた。
「ロゼの隣には俺がいる。いまはそれで充分だろ?」
「ノルさん……」
ロゼの目が見開かれると、今度は慌てるようにふわふわの毛を逆立てた。
「な……なんだよ! なにか不服か? うさぎの戯言なんて耳に入らないっていいたいのか!?」
可愛らしくぷいっと顔を背けてしまった。どうやら拗ねてしまったらしい。
そのようすがなんだか可笑しくて、ロゼはくすりと笑った。
ロゼはノルを持ち上げ、膝に乗せる。
(そうですよね……)
いまの自分にはノルがいる。こんなにもモフモフで温かな家族が。
横をむけば、いつだってノルがいるのだ。楽しいときにはさらに楽しく、寂しいときはこんな風に静かに寄り添ってくれる。
ロゼは爆ぜる炎を見て微笑んだ。
「ふふ。ノルさんは、わたしにとってのかがり火ですね」
「かがり火? どうした急に」
「いいえ、なんとなくそう思っただけです。──それよりも、こちらを食べましょうか」
ロゼは串焼きを袋から出した。たれのかかっていない塩焼きのもの。炭火で焼いたのだろう、ほどよい焦げと香ばしいかおりが漂ってくる。ロゼの腹がきゅるると小さく鳴った。
「お、塩のやつか。いいな、さっそく食おぜ」
ノルがよだれを垂らして豚肉をみあげている。いまはうさぎの姿なので、肉を前に物欲しそうな瞳を向けるノルの姿にロゼは苦笑した。
「待ってください。いただく前にこちらを」
「んあ?」
串にかぶりつこうとしたノルの鼻先に手のひらを置いて制すと、ロゼは小袋から塩を取り出しだ。つまんで、ぱらぱらと豚串にかける。
かすかに香草の薫りが広がった。ハーブソルト。リリックがお礼にと買ってくれたものだ。ロゼは串から豚肉をひとつ外して手のひらに乗せると、ノルの口元に持っていく。ぱくり。ノルが勢いよく頬張った。熱いのか、口をハフハフとさせている。
「知ってますか、ノルさん。むかしは魔女の作る塩は、どんな病も癒すと言われていたそうですよ」
「ほふ? そうなん?」
「ええ。お塩は魔を祓うといわれていますし、薬草や香草は身体の不調を払う効果がありますから、そんな風に信じられていたのだとか」
「ほーん」
肉にせっつくのをノルを見て、ロゼも豚串にかぶりついた。
(うん、なかなかのお味ですね)
ぎゅっとつまった赤身をぷるりとした脂が包んで、ほどよい柔らかさを両立している。口を動かせばしっかりとした噛み応え。たれの串もあったけれど、ロゼは塩で食べる素朴な味わいも好きだった。もぐもぐと堪能し、ふとノルが顔をあげてきいてきた。
「でも、なんで魔女なんだ? 誰がつくっても塩は塩だし、同じだろ?」
どうやら渡したぶんを食べ終わり、ひと心地ついたらしい。さきほどした話が気になるようで、塩が入った小袋をつんつんと鼻でつついている。
「──まぁ、そうですが……」
ロゼは星空を眺めて記憶を手繰りよせると、再度ノルに顔を向けて口を開いた。
「ちょっと難しいお話をするとですね? この国の魔導師たちは、すこし前まで神官や祭司と呼ばれていて、薬師を兼ねていることが多かったそうです」
「ほう」
「それでとりわけ女性の神官たちが料理に薬草を混ぜて使っていたこともあり、そこで作られたのがハーブソルト。だから『魔女の塩』といわれているわけですね」
「ふむ……。さすがにその分野は詳しいのな」
「もちろん。わたしは
「それ関係なくね?」
胸を張るロゼにノルはつっこみ、ぴょんっとロゼの隣に移動した。
「ほれ、話もいーけど。残りのぶん、さっさと食わねぇと肉が冷えて硬くなっちまうぞ? ノルさんがぜーんぶくっちまってもいいっていうなら、遠慮せずにいただくが?」
「あ! 駄目ですよ、ノルさん。それはわたしのぶんなんですから、とらないでください」
「わーってるよ」
「とか、いって。ちゃっかり一本持っていますし」
「けちけちすんな。無くなったらまた買いにいけばいいだろーが」
「まったくもう……」
ノルが豚串にかぶりついた。たれた脂をすするように小さな舌を出している。そんなようすを見ながらロゼも祭りの炎をながめて豚串をかじった。
「うん、沁みいるおいしさです」
家族と並んでとる食事は、やっぱり最高ですね。
だからどうか、この時間がいつまで続きますように。
ロゼは美しい星空に祈りを捧げた。
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