氷の魔女の料理屋さん(カクヨム版)

遠野いなば

オムライス~パセリを添えて~①

 魔女の料理と聞いて何を思い浮かべますか?

 材料はトガケ? それともヤモリ?

 ぐつぐつ煮込んで呪文を唱えて、ひっひっひ。


 ……なんて、違いますよ?

 香草ハーブたっぷりの元気が出るご飯。

 それが魔女の料理です。

 いらっしゃいませ、お客さま。

 氷の魔女ロゼッタの料理工房、本日開店です!



「──と、いう宣伝文句はどうでしょうか。ノルさん」


 と、魔女の少女が言った。


「却下だ、ロゼ。後半はともかく、前半は無い。客が引くから即座に消しなさい」


 と、黒いうさぎが返した。


「そうですか? けっこうインパクトたっぷりだと思うのですが……」


「そうだなぁ。たっぷりすぎて閑古鳥かんこどりが鳴くだろうなぁ」


 ここは小さな料理店の一室だ。ぱたんと長い耳を机に叩きつけ、ノルは少女を見あげた。肩のうえで切り揃えられた金髪を耳にかけ、絵筆をとる少女の名前はロゼッタ。愛称はロゼ。薔薇の意味があるのだと、以前彼女が笑って話していた。


(今日も相変わらず地味な格好だなぁ……)


 黒くて長い無地のローブ。見た目は十六歳前後。得意な魔法は炎系。趣味は料理。なんでもある目的のためにこれからここに店を開くらしい。

 最近彼女と出会ったばかりのノルがわかるのはそれだけだ。小さな口をくわっと開けて、欠伸あくびを噛みしめると、ノルは店内を見渡した。

 ぶっ散らかっている!


「……ところでよ、今日開店だっていうわりには、部屋ん中がだいぶ散らかってるようにみえるのは俺だけか?」


「え? 散らかってますか?」


 ロゼが目をぱちくりさせた。


「……床をみなさい。お前の足元、玉ねぎが転がってんぞ」


「おや、これは」


「それからカウンター横のバケツとモップ。それと玄関前の植木鉢。あれじゃあ、客が入って来れないだろ」


「あちゃー、わたしとしたことがやってしまいましたね。ではノルさん。お仕事をあげましょう。あの植木鉢を所定の位置まで運んでおいてください」


「いや無理だから。俺の可愛いボディが潰れちまうよ」


「大丈夫ですよ、もとから潰れているようなものですから。現にいまだってほら——」


 びろーん。

 ロゼがノルを持ち上げると、身体がびよんと伸びて、宙でぶらぶらと揺れた。

 黒い毛並みのもふもふボディ。つぶらな瞳に長い垂れ耳。魔女の相棒といえば、やはり黒い動物これ。黒猫にカラスに、黒うさぎ。ノルは彼女の相棒兼、下僕つかいま兼、愛しき隣人なのである。


「あのなぁ、ロゼさんよ。お前はやればできる。料理もうまいし、掃除もまぁまぁ。きっと将来はいい嫁さんになるだろうよ」


「そんな、おだててもお肉は出しませんよ?」


「いや、俺。ベジタリアンだし。……じゃなくて、集中するとまわりが見えなくなる癖、直せよ。看板づくりを頑張ってんのはわかるが、これじゃあ開店なんか遠い未来になっちまう」


 散らかる店内を見て、ノルは盛大にため息をついた。普段はしっかりしている子なのに、ひとたび何かに集中するといつもこうなるのだ。


「いっそ、このまま開店しちゃいますか?」


 ロゼがアイスブルーの瞳をしばたたかせて首をかしげた。


「却下」


 ぴしゃりと返すと、くすくすとロゼが笑って店内の奥へと入っていった。ノルもぴょんぴょんとついていく。


「どうした? いきなり厨房にきて」


「いえ、ノルさんの言葉にそういえばと思いまして。そろそろデミをかき混ぜる時間でした」


「デミ? ああ……」


 大きな木のへらを右手に持ち、大鍋の前に立った彼女はそのまま木べらを突っこむと、ぐるぐると鍋をかき混ぜた。かぐわしい湯気とともに、濃厚なデミグラスソースの香りがノルの鼻をくすぐった。


「お前これ、いっつもかき混ぜてるよな」


「まあ、定期的に確認しないとすぐに駄目になっちゃいますからね。デミは繊細なんですよ。わたしのように」


「お前のどこが繊細なの?」


「うーん、髪、とか?」


 ロゼがさらりと髪をなでた。彼女曰く、まっすぐにみえて、これは血のにじむ毎朝のお手入れの結果らしい。女の子は大変だなぁとノルは彼女をみあげた。


「……と、こんなものでいいでしょうか。すこし魔女っぽさをアピールしてみましたが、どうでしたか?」


「え、いまのまさかの演出?」


「あ、せっかくですから舐めてみますか?」


「うん、どれどれ?」


 ロゼのよくわからない言動を聞き流し、ノルは彼女が出してくれた小皿を受け取った。彼は器用なので前足を持ち上げ小皿を掴み、ぺろっと舌を出した。


「お、うまいぞ。さすがはロゼだな。料理の腕は一級品だ」


「それは良かったです。ちなみにそれのレシピを知りたいですか?」


 知りたいですか?

 重ねて言って、ロゼがずいっとノルに顔を近づける。


「いやいい……なんとなく察したから」


「はい、ではなんちゃってデミグラスソースの完成です」


「なんちゃって……」


 得意げに言ったロゼの肩に飛びのり、ノルは鍋をのぞいた。ロゼがいつも作っている『なんちゃってデミグラスソース』とは、茶色のソースにトマトソースと砂糖を適当に加えたものである。ノルからみても、まぁ本格的ではないから、さきほど鍋をかき混ぜながら、繊細だのなんだの彼女が話していたのは、まさしく演出だ。

 ロゼはときおり変な行動をとる。ノルもはじめは驚いたが、最近はこんな彼女の行動にも慣れてきた。ロゼが鍋をもちあげ、料理台へと移動する。ノルはぴょんっと床に飛び降りた。


「さて、こちらを別の器に……」


「へ? ちょっ! ロゼ⁉ した、した!」


「え? わっ、ノルさんなぜそこに⁉」


 がっしゃーん!

 大きな音をたてて鍋がひっくり返った。


「ノルさん」


 ロゼがじと目でノルを見下ろした。


「いや……いまのは俺、悪くないっていうか……うん」


「いいえ! 足元をうろちょろするのは良くないと思います。ただでさえノルさんは小さくて視界に入りにくいんですから、もうすこし自己主張をお願いします!」


「す、すまん」


 だいぶ理不尽な理由で憤慨する彼女に謝り、ノルは近くの雑巾を彼女に渡した。

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