オムライス~パセリを添えて~②
ユーハルド王国。エール大陸の西側に位置する国であり、大陸で最も古い歴史を持つ小国だ。ロゼはこの国の出身ではないからあまり土地勘はない。だけどむかし魔法を教えてくれた師匠に連れてきたもらったことがあるので、なんとなく道を覚えていた。ロゼはノルを連れて買い物に出た。店を出てすこし歩いたところに露店が出ている。
(玉子…)
ロゼは足元をちらりと見る。赤い首輪をつけたノルが窮屈そうにしている。リードが嫌なのだろう。彼女は遠くの通りを眺めた。本当は商業通りと呼ばれる南の通りに出たほうが品数は揃うのだが、あいにくと、ロゼの店は反対側にある。帰りのことを考えれば、今日はここでいいか。なによりノルが早く帰りたい顔をしているし。
ロゼは玉子の入った籠を指して店主に声をかけた。
「こちらをいただけますか?」
「あいよ。銅一枚な」
「はい」
革袋から銅貨を一枚だして店主に渡すと、下から雑味を帯びた声が聴こえてきた。
「見ろよロゼ、あっちに足が二本の人参があるぜ」
「こ、こらノルさん。お外では静かに」
店主が怪訝そうな顔で首を曲げた。
「あん? いま男の声が聞こえたような……」
あたりをきょろきょろと見渡す店主にロゼは焦った。彼の店にはロゼしかいない。彼女は急いで玉子の籠を受け取ると、ノルを抱えて逃げるようにその場を去った。
「…………」
「な、なんだよ! いいだろ、ちょっとくらい」
簡素な住宅街。煉瓦づくりの家々が並ぶ一角で、ロゼは無言のままノルを見下ろした。買い物の途中で戻ってきてしまった。まだ材料も揃っていないのに。ロゼはむっとしながら口を開いた。
「ノルさん。ふつうのうさぎは喋りません。外ではお静かに」
「う……すみません」
ロゼからきつく睨まれ、小さな身体をさらに縮めてノルがしょぼんと耳を垂らす。ロゼは吐息をこぼして鞄を見た。木網の四角いバスケット。さきほど買った玉子が入っている。これでは店を開けたところでオムレツくらいしか作れない。
面倒だけれど戻って野菜を買い足そう、と彼女が一歩足を前に出したときだった。小さな泣き声が聴こえた。
「あれは……男の子が泣いていますね。迷子かなにかでしょうか?」
「迷子ぉ?」
ロゼが二本先の通りを指すと、やや不機嫌まじりの声でノルが通りを見た。五歳くらいの男の子だ。あたりをきょろきょろと窺いながら、座りこんで泣いている。
母親とはぐれたのだろうか?
ふたりが近づくと、男の子は顔をあげた。
「どうしました? なにかお困りごとですか?」
「……お姉ちゃんは?」
「氷の魔女のロゼッタです。こちらは
「いや、誰が
「ひっ! うさぎさんがしゃべった!」
男の子が悲鳴をあげて、ロゼのうしろに移動した。そのまま彼女のローブをぎゅっと握りしめてノルをみている。
「ほら、みてください。ノルさんが喋るから、この子が怯えてしまいましたよ?」
「そういわれても。だいたい人の形をとればこんなことにはならないんだ。それをお前がダメっていうから……」
「だってノルさん。変身するとむさいおじさんですし……」
「悪かったなぁ、むさいおっさんで」
「うわーん、怖いよー、お化けだよー!」
「あーあー。落ちつけー坊主。お化けじゃないし、世の中しゃべるうさぎさんもいる。なーんにもおかしなことはないんだぞ?」
いえいえまさか。世界中広しといえども、しゃべるうさぎは貴方しかいないと思いますよ。
と、心のなかで突っ込みながらロゼは男の子の目線にあうよう腰をかがめた。
「大人のかたとは一緒ではないのですか?」
「大人……お菓子を買いにきたら、お母さんが迷子になっちゃったんだ」
「お母さんが、じゃなくて坊主が、な。どうすんだ? ロゼ。巡回中の兵士にでも預けるか?」
「そうですねぇ」
ノルの提案にロゼは空を仰ぎ、太陽の位置を確認する。おやつ時を回った頃か。だったらこちらで探したほうがいいだろう。日が暮れてしまっては母親探しが難航する。
ロゼはノルの首輪を外してやると、さっと立ち上がり、さながら司令官のごとく右手を真横に伸ばして、高らかに告げた。
「チャッピー軍曹! 至急、この子の母親を探してきてください!」
「誰だよ、チャッピー軍曹って」
「むかし飼っていたうさぎさんの名前です。軍曹はノリですが」
「あ、そう」
仕方がねぇなーとつぶやいて、ノルはくるりと身体をひるがえした。
「へいへい。行ってきますよ。司令官殿」
たたっと可愛い足音を鳴らして、ノルは雑踏のなかへと消えていった。ロゼは片膝をついて男の子に向き直った。
「大丈夫です。ノルさんがお母さんを探してきてくれますから、元気をだしてください」
「本当に? お母さんを見つけてくれるの? あのうさぎさんが?」
「はい。とても優秀なうさぎさんですから」
「ぜったい嘘だー!」
「ええ……」
男の子は涙をとめなかった。
(うーん、なかなか泣きやんでくれませんね)
ロゼは男の子にたずねた。
「あなたの名前は?」
「リック」
「ではリックくん。お姉さんが飛びきり元気になる魔法をかけてあげましょう」
「魔法……?」
「はい。わたしは
ロゼは立ちあがり、男の子に手を差しのべる。男の子が眩しそうにロゼをみあげた。ちょうど逆光のようで、男の子は手でひさしを作ってつぶやいた。
「さっき、氷の魔女ってお姉さん言ってた」
「……二つ名は、いくつもあってもいいと思うのですよ」
真面目な顔できっかり返してから、ロゼは男の子を立ち上がらせた。
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