3種のきのこのチーズリゾット⑤
「──と、いう話があるんですよ」
「それって真面目な話? それとも笑っていい話?」
氷の花のようだねって。
聞かされたノルは全身が
「しかもそれ、ロゼの名前と薔薇を掛けてる感じだし……」
意図的なのか、天然なのか。あるいは適当に答えたらそうなったのか。いずれにしてもノルは後ろ足で耳を掻きまくった。
「ふふ、しかもですよ? いつもにこりともしない
「氷の
「綺麗だよってところからですね」
「あ、そう」
細かいな。
大差ない違いなのだが、ロゼは嬉しそうに語る。
「そして、それからわたしは『氷の魔女』と名乗るようにしました。それが氷の魔女誕生秘話ですね」
「ふぅむ……、でもそれ、もともとは集落のやつらから悪口的な意味で言われてた
「まぁ……そんなことは些細なことですよ。それよりもこの青い薔薇と同じ、ということのほうが大切なんです」
ロゼが青薔薇をちょんと指でつつく。美しい群青の花びら。ロゼの瞳よりは濃い色だが、たしかにその師匠の言う通り、氷漬けになっていれば、もうすこし淡い色に見えるだろう。そこそこうまい
「ところで、いまの話に出てきたリゾットって、さっきあの青年に作ってやったやつか?」
「おや。よく気がつきましたね。あれは故郷直伝の『三種の
「三種? マッシュルームとエンリギとブナシメジ?」
「
ロゼはしっかりノルの言葉を訂正した。
「ああ、それとですね?」
「ん?」
「長老さま曰く、その日の翌朝に
「お前のお師匠さん、ほんと
ノルは呆れつつも、はにかむロゼを鼻で小突いた。
「つまり、ロゼは大好きなお師匠さんに
「大好きとは……なんだか照れますね。まぁ事実ですが」
「はっきり言うのな……。ノルさん、ちょっと妬きそう」
「そんな、ノルさんのことも大好きですよ?」
「ほーん。そんなら、その証拠とやらをみせてもらおうじゃないか!」
ノルが、ばっと前足を広げて後ろ足で立つ。ロゼが目を丸くした。
「ええ? 証拠ですか?」
「おうよ! 『ノルさん、大好き!』って言って、頬ずりしてくれたら納得してやるよ」
「また微妙な線を攻めてきましたね」
「だって、お前。ちゅーしてって言ったら、してくれんの?」
「それは嫌です」
「だろ?」
だから頬ずりで勘弁してやる。
そんな偉そうなことを言ってのけるノルを一瞥して、ロゼはうーんと考える素振りをみせたあと、厨房へ足を向けると、
「ノルさんは
と言って、なにやら準備を始めた。
◇ ◇ ◇
ほんの十五分程度経ってから、ロゼが戻ってきた。蝋燭づくりを続行していたノルはぴくりと耳をあげて振り返る。
ふわっと香るのはチーズの匂いだ。さきほどペリードに出していた茸のチーズリゾット。ノルが空きテーブルに移動すると、ことりと彼の前に皿が置かれた。
「ほう、やっぱりうまそうだなぁ」
チーズの海にたゆたう、つやつやとした白米が美しい。具は三種の茸。黒胡椒がかかってちょっとお洒落な見た目だ。さっそく顔を近づけようと首を動かすと、ノルの鼻先にロゼの手のひらがぶつかった。
「?」
みあげるとロゼの左手には緑の粉が入った小瓶がある。反対の手にはスプーン。
なんだか前にもこんなことがあったなぁ、とノルはぴんと
「なんだ? またなにかの文字を書いてくれるのか?」
「はい。見ていてくださいね?」
ロゼがきゅぽんと小瓶の線を抜く。そこから出てきたのは乾燥したパセリの葉だ。瓶を傾け、スプーンに乗せて、さらさらとリゾット上に落としていく。
なにを書いているのだろう。ノルがしげしげと見つめていると、それは愛を表す形となった。緑のハート。ロゼからノルへの気持ちが完成した。
「ノルさんへ、愛の贈り物です」
くるりと皿を回して、ノルに向けられるハートの形。ロゼは朗らかに笑ってノルの正面に座った。
「ほほう、これはなかなか粋なことをしてくれるじゃないか」
「はい。わたしからノルさんへのささやかな気持ちです。愛を形にしてみました」
「愛を形にねぇ、それとはすこし意味が違う気もするが……」
だいぶ直接的な愛の示しかただ。けれど満更でもないノルは顔をあげて礼を言う。
「おう。ありがとな、ロゼ! 俺もお前を愛してるぜ!」
「わたしも、まぁまぁ大好きです」
「そこは、『わたしもです。ノルさん愛してます』だろ?」
「すみません、心に正直なので」
「がーん! ……まぁ、いいけど。んじゃほれ、合わせろ?」
ロゼが片手にスプーンを持ち、ノルはちょこんと皿の前に座って、ふたりで「せーの!」と唱えたら。いつものように、
『いただきます!』
─Fin─
***
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。ロゼが店を開いた理由が判明したところで完結です。つづきを書くかは未定ですが、小ネタがちょこちょこあり(店の建て直し中とか)、そのうち消化できたらと思います。
ロゼ「最後まで応援ありがとうございました。
ノル「お前どこが温かいのかは
氷の魔女の料理屋さん(カクヨム版) 遠野いなば @inaba-tono
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます