第12話 坂上との密談
結局水原も寝入ってしまい、2人が目を覚ました頃には夕暮れを間近に控えていた。
慌てて菖蒲が家に帰っていき、シキが水原を揶揄い、タロウも早速シキに毒され。
「やっぱり奥方様じゃないですか」
なんて水原を揶揄ってきた一場面があった。
そうして夜半。
水原の家には、来訪者の姿があった。
「昨日は大変だったようだな」
水原を気遣ったような口ぶりで、情報の共有を図ってくる、髭面で、鋭い目が印象的な坂上というこの男。
彼は都の殺人事件の解決の為に手を組み、水原のかつての上司で恩師といえる存在だった。
瓢箪からぐびぐびと煽る様に酒を飲むが、その言動やその瞳に酔ったような様子は無い。
「頬に軽く手傷を負っただけですよ」
「お前に手傷を負わせるなら大した奴さ。で、お前はそいつをどう見た」
「どうもこうもないですね。あれは怪物です、人の手に負える相手じゃない」
「やっぱそうか。それじゃあ塒を探して闇討ちでも考えないといけないかねぇ」
ある程度水原の見立てを予想していた様で、顎に手をやりながらも動揺する様子は無く坂上が言う。
水原も理知的に言葉を続ける。
「なら問題はどうやって塒を特定するか、ですね」
「こんな大掛かりな事件だからなぁ。単独犯って事は無いだろうから誰かが手引きしているんだろうが随分上手くやっている。全く尻尾を出さねぇな。……検非違使の方で何か情報は掴んでないのか?」
「残念ながら。被害者の共通点から割り出しも行っていますが何分……」
「では、嬢ちゃんだな」
嬢ちゃん、というのは菖蒲の事。
一連の殺人事件が鬼によるものだと提言したのも、その殺人事件の現場と日時も当てたのが彼女。
疑わない選択肢は無い。
「行動を共にして幾らか素性は洗ったんだろ。で、何者だ」
「ほんの数日ですよ? 体制を整えたり、例の敵と戦ってみる必要もあった。何も掴めはしませんよ」
「そうか。ではお前は引き続き、嬢ちゃんから情報を探れ。で、俺の方はだが」
そう言って坂上が山の様な紙の束を水原の前に放り投げる。
「何ですか、これ?」
「護衛依頼の書状だ」
したり顔で坂上がそう言い、説明を続ける。
「お前が俺に話を持ち掛けた後、主だった貴族に噂を流しておいたのさ。検非違使が次の殺人事件の現場を特定したと。そしてその次は貴族街の何処かで起こる、とも。用心棒を請け負うぞと宣伝すれば、こうして護衛依頼が殺到しているという訳だ。まさに濡れ手に粟だな」
「悪い商売ですね」
「単に需要と供給さ」
検非違使の同僚たちの、やけに早い行動は坂上のせいだったらしい。
下卑た笑いはそこで終わる。
「だがこれで炙り出しが出来た訳だ」
坂上の目はギラギラと光を取り戻している。徴税官として国司連中とやり合っていた頃の、生気が戻っている。
「俺に護衛の依頼を持ってきた貴族は、黒幕から除外してもいいだろう。直前になって慌てているのは、何も知らない事の証明だ。この展開まで見越していたならお手上げだが、俺ならば得体の知れない輩にウロウロされるのは避けたい。その上で明らかに黒幕には成りえない力のない貴族も除外していく」
先ほどの依頼書の山をぞんざいに脇にどけて、貴族街の見取り図を開き、塗りつぶしていく坂上。
地図上に印の無い貴族家が、黒幕候補として浮き上がる。
「それでもまだ、数が多いですね」
「あぁ。だがここで、陰陽師に近い貴族に限定しようと思う。推測ではあるが、嬢ちゃんがお前に話を持ってきた時点で、画を描いているのは陰陽師の可能性が高い」
更に坂上が地図上を塗りつぶしていく。
「一応確認しておきますが、地方の国司や荘園主が黒幕の可能性、あるいは完全な外部犯の可能性はあると思いますか?」
「ほぼないだろうな。何がしたいかまでは分からないが、そいつらが黒幕の場合はもっと大胆な手に出る筈だ。6人目まで特定されることなく最新の注意で計画を進めてきたんだ。都で、力のある人間じゃなくては無理だろう」
そうして地図上に残るのは何処も名家ばかりである。ここで詰まる。殺人鬼は明らかに血の八芒星を描こうとしているが、その意図が分からない以上、推察は進まない。
菖蒲は、この話を持ってきたとき、私たちが学ぶ陰陽道では八芒星は使わない。と言い切った。その為、邪法を使う外部の人間や、邪法の陰陽師を迎え入れた貴族が黒幕候補と水原は考えていた。
だが、あの死闘を終えた後だと違う。白装束が振るった三日月を模した剣も、あの怪物の身体能力そのものも、極上の代物だった。自前で用意したのか、大陸から取り寄せたのかは定かではないが、そう簡単に用意できるものではない。
中級の貴族では無理だろう。そんな感覚と直感がある。
そんなものを用意できるとすれば、莫大な財力と、広大な荘園を持つ大貴族しかあり得なかった。
「坂上さん、こいつを見てもらえますか」
そう言って水原が、自分の剣を机の上に置く。
鞘から抜かれたその剣は、根元から斬り落とされている。
「とんでもねぇな」
坂上がその剣を手にし、断面を様々な角度から眺めながら感想を零す。剣は、刃が欠けたり、衝撃でたわんだり、叩き折られる事はあっても、斬り落とされる事は無い。そんな切れ味を持つ刃物は存在しない。
剣の断面は、鏡の様に光沢がある。叩き折られた時はもっとざらざらと、鉄の地肌が露出している。
「相手は化け物だと言いましたが、その化け物が振るった剣でこうなりました」
「……異国の剣は随分と切れ味がいいと聞いたことがある。だがそれは肉を切る場合だ。鉄まで斬るとなると、やっぱちょっととんでもねぇな」
「大陸から渡って来たにしろ、その剣を創り出したにせよ。それができる、という点で更に絞り込めませんかね」
水原の言葉に坂上が思案気に手を口元に中てた後、こくりと頷いた。二人が再び地図を見下ろす。
今度は塗りつぶすのではなく、丸印がつけられる。
そうして4つの家が炙り出される。
どの家も、この国の中枢を担う名家だ。何故こんなことをするのかは定かではないが、それは追い駆け続ければ分かる事だった。
「推測を重ねたにしろ、4家にまで絞り込んだな。だが、それでもまだ広すぎるな」
貴族というものは複雑怪奇な存在だ。特に名家ともなれば、その家の親族、縁者、仕事上の繋がり、部下や恩のある者等、関係者がどこまでも続く。山に例えれば富士の山の様に、裾野は広く、見上げる程に高く、そしてその頂きに上級貴族家がある。
殺人鬼の塒を探すとなると、その中腹か裾野の何処か、という事になるが。都だけでも膨大な数に上る。
「発想を少し変えてみましょうか」
じぃっと貴族街の地図を眺めていた水原が告げる。
「仮に貴族ばかりを狙う理由を、他家の力を削ぐためと仮定します。そういう意図もあると。するとこの4家の家にとって、どの家で殺人事件が起きれば利益が大きいと思いますか」
水原の言葉に、坂上もまた考え込む様に地図を睨む。
しばらくして、塗りつぶされた大きな家を指し示す。
「この家だな。大江家。元は中級貴族だが、今の当主が相当頭がキレる男で、殿上人にまで上り詰めている。出る釘というヤツだな」
「……なるほど、確かにこの家が標的の可能性は高いですね」
「だな。他に手がかりが無い以上、この家に網を張ろう。手練れを揃えないといけないな」
それで方針が決まる。
方針が決まれば、特段話すべきことはない。お互いがやることは明確だった。
長居は苦手な坂上の事だから、すぐに荷物をまとめるものと思っていたが、なかなか荷物を片付けない。わざとらしく脇においやった護衛依頼の手紙の山をごそごそと捜し出し、捜し出しながら努めて何でもない事の様に言う。
「そうだ。お前のところさ、兵隊は何人用意できる?」
「……うちの台所事情は知ってますよね? 人数揃えるのは無理ですよ」
「そう、だよな。そう、なんだけどさ。30人程何とかしてくれたら、すごく嬉しいなって」
「気持ち悪い言い回しは辞めてください。大江家だけに護衛を集中するならそんな数は必要ないでしょう」
いやいやそうなんだけどさー。と嘯きながら、かつて何度も水原に無理難題を投げつけてきたヘラヘラした笑みを坂上が浮かべている。
「資金、カツカツだろ? 何とか金を稼いでおきたいのと、今後の繋がりも欲しいから護衛依頼は全部受けたいんだよ」
ひょうきんに振る舞いもするが、次の言葉は確信を突く。
「木を隠すなら森の中って言うだろ? ここで大江家だけに集中すると、尻尾を掴んだことがバレる恐れがあるんだよな」
幾拍かの逡巡の末、結局一つの結論に行きつく。どうあってもこの男には振り回されるのだなと、ため息が零れる。
「……わかりました。何とか用意します」
「いやー助かるよ、ホント!」
そして、それが決して嫌でもない事に、もう一度水原は嘆息するのだった。
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