55.エル様とお茶会
お菓子屋さんを手伝ったあと、顔バレして屋敷に引き上げた。お菓子をいくつかお土産にして帰って、エル様とお茶会をする。庭の片隅で、訓練する騎士を見ながら紅茶を飲んだ。
「早かったな」
「実は……」
お菓子屋さんが騒いで、私の素性がバレたんです。そう説明したら、その前の部分も尋ねられた。最初から話したら、最後まで聞いてにやりと笑う。少し悪い顔っぽいけど、素敵だわ。
「民にお披露目をしてきちゃったのか」
悪戯をしたみたいに言わないでほしい。私が悪いんじゃないわ。そう告げて、唇を尖らせた。エル様は微笑んで指先で唇を押す。恥ずかしくなって素直に引っ込めた。ついでに口角に残っていたお菓子の欠片を回収して、ぺろりと舐めたのよ? 変な悲鳴が出るところだったわ。
「エル様、恥ずかしいです」
「私の婚約者は随分と可愛いことを言う」
ぽっと頬が赤くなる。両手で包んで隠す私に、エル様は手招きした。向かい合って座っていたけれど、立ち上がって近づく。当たり前のように抱っこされた。膝の上に座り、同じ方向を向く。
「口を開けて」
「自分で食べられます!」
「これは私の習性なんだよ。合わせてくれないか?」
習性……ですか。人は個性があってそれぞれ違いがあると習ったけれど、エル様もそうなのかしら。お兄様がいるのだから、誰かの面倒をみてきたわけじゃないし。あっ! 逆に面倒をみたかったのかも。それで私を抱き上げるのね。
「面倒をみるのが好きなのですか?」
「そうだな、君だったらいつまでも面倒をみよう」
そんな言い方、女性にしたら誤解される。一生面倒をみてほしくなるわ。いつか注意しなきゃ、だけど……今は甘えてしまおう。
「わかりました。エル様に従いますわ」
「っ……ありがとう、アン」
クロエ達侍女が、すっごい離れた場所で待機している。なぜかしら。いつもは声が届く近くにいるのに。首を傾げる私をよそに、エル様はご機嫌でお菓子を運ぶ。
今日買ったお菓子も、砦の料理人の作ったお菓子も。どちらも美味しくて食べすぎてしまった。お腹がぱんぱんよ。
「明日は運動しなくちゃ」
「敷地内に林がある。散歩道が整備されているから、楽しんでおいで」
「はい」
この砦、何でもあるのね。感心していると、緊急時に自給自足できるよう整備していると教えてもらった。まだ新しい国で、戦争が絶えないモンターニュでは、これが日常なのね。
アルドワン王国は武器を作る工場も鉱山もなくて、農耕や酪農で暮らしてきた。平和で、どこかに攻め込まれた記録もない。古代王国の血筋が尊ばれるため、周辺国が牽制し合って均衡を保っているらしい。
この国もそうなればいいのに。誰も戦争をしなくてよければ、悲しい思いをする人も減る。どうして戦うのかしら。そんなことを考えながら、その夜は眠りに就いた。
だからかしら。変な夢をみたわ。私が号令をかけたら、皆で大きなケーキをひっくり返すの。色んな人がいた。獣の手をした人や、耳の長い人、黒い肌も、青白い髪の人も。誰も喧嘩せず、仲良くクリームを塗る。起きて最初に思い浮かんだのは、昨日お菓子を食べ過ぎたことだったけど。
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