08.想像と違って一安心

 聞いてもいいか迷うが、今聞かないと二度と話題にできない気がした。何も知らない今なら、聞いても平気なはずよ。もし悪い状況なら、謝ればいいんですもの。


「お母上様は、どちらに?」


 緊張して奇妙な呼び方をしてしまったわ。お母様と呼べばよかったのに。


 エル様は気を悪くした様子もなく、淡々と答えてくれた。内容はとても「淡々と」なんて言えるものではないけれど。


「母は亡くなった。刺客に襲われたとき、逃げ遅れたのだ」


 驚いて目を見開く。刺客とは暗殺者のことでしょうか。そんな人に狙われて、大切なお母様を失うなんて。まさか、王位を継いだお兄様と仲が悪いのかしら。いろいろな懸念が浮かんでは消える。表情が曇る私に、エル様は肩をすくめた。


「想像力逞しいようだが、兄上や義母上とは仲がいいぞ。私を可愛がってくれる。刺客を送り込んだのは他国だ」


 その国はモンターニュ国に攻め滅ぼされたこと。二人のお母様は仲が良く、一緒に過ごしていたこと。アルドワン王国では考えられないけれど、一夫多妻ならあり得るのね。そこで、私の思考が固まる。


 一夫多妻、一人の夫に複数の妻がいる。王族は子孫を残す義務があり、様々な外交先や権力者と繋がるために何人も妻を娶ると聞いた。歴史の授業で学んだけれど、アルドワンでは禁止されている。もしかして……。


「ははっ、何を考えているのか筒抜けだぞ。安心してくれ、側妃を娶るのは、国王のみだ。私は公爵になったから、二人目の妻を娶ることはない」


 言い切ってくれたので、安心しました。もし二人目を娶るなら、絶対に年上の綺麗な女性だと思うから。今の私では太刀打ちできません。私以外の妻はいないと言われたことが嬉しくて、満面の笑みになりました。


「おや、ここだけ蝶なのか」


 つんと指先でピンに触れるエル様に、勢い込んで「そうなのです」と説明を始めた。可愛い蝶々のピンは、誕生日に強請って姉からもらったもの。本当は姉の髪飾りだった。譲ってもらって、大切にしていると話した。


「兄君や姉君と仲が良いなら、幸いだ。アンが蝶を好きなら、私も一つ贈らせてもらおう」


「本当ですか?」


「ああ、何色がいい」


「エル様の瞳の色の蝶が欲しいです」


 素直に真っ直ぐ、目を見て強請る。他の色はいらない。どんなに綺麗でも、エル様の色がいいの。お願いと両手を組んで首を傾げたら、笑って「用意する」と返してもらえた。


 話しながら箱庭を出て、客間や応接間も見せてもらった。ダンスが踊れる広間もあるけれど、あまり大きくない。ここへ客人をお招きすることは少ないのだとか。


「数日休んで、アンの疲れが取れたら王城へ顔を出そう。兄上や義姉上が楽しみにしている。それに王都で買い物もできるぞ」


「わかりました」


 いい子の返事をして、何を着ていこうかと考える。エル様の黒髪と琥珀の瞳に似合う色の服があったかしら。まだ届いていない荷物もあるので、クロエに揃えてもらいましょう。


「エル様のお兄様やお姉さまについて、教えてください」


 私のこと、エル様に相応しいお嫁さんだと思ってほしいから。たくさん知っておきたいわ。

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