09.今日は特別ですよ
夕食を一緒に頂いて、エル様の食べる量に驚く。大きな肉をたくさん、それに匹敵する山盛りのサラダも。パンだって大きいのに幾つも。あんなにたくさん入るのね。男の方は武術で体を動かすから、食べないと筋肉が減ってしまうのだわ。
見事な食べっぷりに誘われて、いつもより食べ過ぎてしまった。苦しいお腹をさすりながら、お風呂に入って疲れを癒す。用意された香油が甘い香りで、眠ってしまいそうだった。夜着に着替え、寝室に入る。婚約段階なので、まだ寝室は別だと聞いていた。
間接照明に照らされた部屋は広くて、なんだか寂しい。侍女のクロエに促され、ベッドに潜ったけれど眠気は飛んでしまった。でも私が寝ないと、侍女は休めない。眠ったフリで誤魔化し、一人になってから溜め息を吐いた。
今までならお姉様のベッドに潜り込んだり、こっそり本を読んだりしたんだけど。本は後から送る荷物として梱包されて手元にない。姉もいないから、眠くなるまで我慢するしかなかった。こういう時に限って眠気は訪れず、ごろりと何度も寝返りを打つ。
シーツが皺になると、眠れなかったことがバレちゃうかな。変なことが気になり、ベッドを降りて端を引っ張ってみた。以前、ベッドメイクする子がこうやって引っ張ったのよね。見よう見まねで引っ張るが、あまり皺は伸びなかった。
上掛けがあるからいけないのかも。下ろしたら上げるのが大変だから、こうしよう。もぞもぞと上半身を上掛けに突っ込み、頭と肩で支える。シーツを引っ張ってみた。さっきより皺が伸びた気がする。何度も繰り返して、暑さに「はふっ」と息を吐くと同時に尻餅をついた。
「これでいいわ」
「姫様、何をなさっておいでですか」
呆れたと声に滲ませるクロエに、びくりと肩が揺れた。恐る恐る振り返った私は、怪訝そうな顔の彼女にぎこちなく笑う。もう笑顔で誤魔化すしかないよね、そう思うのにさらりと流された。
「しっかり休んでください。明日は街へ降りると聞いています」
寝ないと辛いですよ。そんな響きに滲むのは、心配の感情だった。私専属で、ずっと一緒に暮らしてきた。優しい彼女に眠れないなんて言ったら、朝まで付き添ってくれる。でも、そんなのは負担になってしまうし、彼女だって仕事があるのに迷惑だわ。
黙って見つめていると、やれやれと首を横に振った。叱られるのかしら。近づいたクロエは手を伸ばし、乱れた私の髪を直した。手櫛である程度整えると、手を引いて歩く。素直についていけば、ベッドに乗るよう示された。
「今日は特別ですよ」
眠るためにお手伝いをします。そう言って、一緒にベッドに座ってくれた。前にお願いしたときは「使用人ですから」と断られたのに。
「特別で、秘密にするわ」
にっこり笑って横になるクロエが狭くないよう、中央より端に寝転んだ。しっかり肩まで上掛けに包まれて、ぽんぽんと叩くようにあやされる。小さな声で歌うのは、アルドワンに伝わる子守歌だった。耳慣れた歌と温かさ、人がいる安心感……徐々に目蓋が重くなる。
「安心して休んでください、私達がおります」
クロエだけじゃない。志願したり命じられたりした人が、私のために故郷を後にした。大丈夫、寂しさなんてすぐに慣れるわ。大好きなエル様のお嫁さんになるんだもの。目を閉じた途端、数える間もなく意識は眠りにさらわれた。
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