71.本当に気づいていないんですか

 妖艶な……と聞いて浮かんだのは、王妃殿下の妹君だった。侯爵夫人で、とても魅力的な女性だ。夫がいるのに、言い寄られることもあるとか。


 何度か夜会やお茶会でご一緒したが、綺麗なだけじゃなくて所作が美しい。お胸も豊満で、女性らしい柔らかさを感じさせた。あの美しい所作や流し目を覚えたら、きっとエル様も私を意識してくれるはず。


 王都より侯爵領の方が近いため、先に王妃殿下へのお手紙を書いた。発送を頼んでから、すぐに侯爵夫人へもお願いを並べる。長くなった手紙をなんとか封筒に収め、こちらも送ってもらった。


 お茶を終えたと思ったのか、エル様が汗を拭いて歩み寄る。手が届くぎりぎりの距離で止まり、椅子を引き寄せた。すぐ隣にも椅子があるのに、向かいに座るなんて。がっかりして肩を落としてしまう。


「エル様、こちらへ」


「いや、汗をかいたので」


 それって本音かしら。それとも言い訳? 不安が膨らむものの、誰か別の女性がいると疑ったりはしない。だって、エル様はいつも砦内の城にいる。外泊はないし、あっても見回りで多くの騎士と一緒だった。


 かなり同じ時間を共有しているのに、浮気する余裕はないはず。私が十八歳になれば、結婚できるので、準備も進めていた。その話をしながら、エル様はしきりに汗を拭く。


 結婚式で着用するドレスやヴェールは、母と姉が手配した。装飾品はエル様担当で、兄と父も贈り物を準備している。最初は家具をと言われたので、もうエル様の用意した家具があると伝えた。いくつあっても困らないもの、ということで装飾品やドレス、靴などの小物に落ち着く。山ほど届きそうだわ。


「結婚式は次の春ですね」


 あと半年もない。忙しいけれど、会場や食事、酒などを用意するエル様の方が大変だわ。アルドワンからも家族が駆けつけようとして、一悶着あった。というのも、国王夫妻と跡取りの王太子が揃って出席するって言い出すんだもの。国が空になってしまう。


 諦めてと言いたくなくて考えていたら、エル様が結婚式を二度行おうと提案してくれた。モンターニュで一回、これはお披露目と結婚の宣誓を兼ねている。その後、祖国でも誓いを重ねてお披露目すればいいと。


 嬉しかったので、抱きついてお礼を言ったわ。あの時もさっと身を引かれてしまった。思い返すと、最近は抱きついてもすぐ離れてしまう。以前のように膝に座らせてくれないし、隣に座っても微妙に距離を取られた。もしかして、私が重くなったから?


 結婚式の細々とした決め事を確認し、エル様は汗を流しに自室へ向かう。後ろ姿を見送り、私はぐっと拳を握った。やっぱり、私に性的な魅力が足りないのよ。侯爵夫人に習って、妖艶なお誘いをしてみせるわ!


「姫様、本当に気づいていないんですか?」


「何が?」


 最近、よく尋ねられるけれど……私が首を傾げると口を噤んでしまう。クロエもセリアも意地悪ね。何に気づいていないのか、教えてくれてもいいのに。

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