1-4.いい子でいなくていいの

「すごく悪いことをした気分になる」


 国王陛下はそう呟いて、大きく肩を落とした。まだ幼い子供のいる家庭から、頼りになる父親を引き離したんだもの。反省していただきたいわ。


 数日の出張なら我慢できても、一カ月は引き留めすぎよ。それに国境を守る意味でも、エル様の不在は怖いんだから! ぷんぷんと遠慮なく文句を並べた。その間も手を止めず、クロエの用意したワゴンからお茶を受け取る。


「幼子の成長は一瞬ですから、見逃したら取り返しがつきません。ずっとお城におられた陛下には、伝わらないでしょうか」


 嫌味をたっぷりまぶして提供すると、両手を挙げて降参の合図をされた。


「わかった、我慢する。呼び出しは数日に抑えるし、重要な要件のみに限る。だから許してくれ」


「まぁ、陛下ともあろう方が、簡単に降参してはいけませんわ」


 ふふっと笑って許した。その響きから感じ取ったようで、陛下も笑い出す。エル様は「女性は恐ろしい」と呟き、慌てて口を手で覆った。そうよ、余計な発言をすると怖いんだから。


「お母様、ごめんなさい」


 お茶の席についた娘の謝罪に、どうしたのと首を傾げる。先を促せば、そっと籠を渡された。綺麗な布で包んでいたのに、捲ってある。中を覗いて、謝罪の意味を理解した。さきほどエル様に抱きついたとき、手を離したわね。


 中の焼き菓子は細かく割れていた。頑張って焼いたし、任されたのに……悔しそうに唇を引き結び、涙を堪える。そこは泣いていいと思うのよ、あなたは我慢強いけれど、まだ四歳なのだもの。


「エル様、マリユスをお願い」


 膝に乗せた長男を渡せば、顔を見て泣き出す。人見知りする年齢だから仕方ないわ。荒療治だけど、顔を覚えてもらうしかない。代わりに、私はミレイユの手を取った。軽く引くと抱きついて、私のドレスに顔を埋めた。


 まだいけるわね。腕の力で抱き上げ、膝に座らせる。泣き止まないマリユスを気にし始めた娘の、耳を手で塞いだ。目を合わせて首を横に振る。驚いた顔をする彼女を向かい合わせで抱きしめた。肩に顎を乗せる形になったミレイユが、恐る恐る手を首に回す。


「いいのよ。あなたはマリユスのお姉さんだけど、自分を一番に考えなさい。いい子でいなくていいわ。我が侭を言って、好きに振る舞えるのは子供のうちだけよ」


 今だけの特権だから、抱っこやお菓子も譲らなくていい。嫌ならマリユスの相手もしないで、逃げ回っていいの。子育ては親の権利で義務なのよ。ミレイユが手伝ってくれると助かるけれど、全部引き受けなくていいわ。


 耳元で話しながら、背中をぽんぽんと叩いた。首筋に温かな涙が落ちて、こんなに我慢させたことに罪悪感が込み上げた。いい子だから任せてしまうのは、信頼とは違うのね。子育てって学ぶことが多すぎる。


「やはり母親には敵わないな。そうは思わないか? フェルナン」


「ああ、女性は強かで母親になれば最強だ。我々男性は負けっぱなし。それでいいと思いませんか? 兄上」


 久しぶりに兄と呼ばれ、国王陛下は大喜びした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る