1-3.おかえりなさい
日持ちする焼き菓子を作っておいた。砦に戻る予定日がわかっているけれど、多少の前後はある。天候や道中のトラブルを想定して、クッキーにしたの。これなら一週間は平気だから。
最近、大人の真似をしたがるミレイユが手伝い、型押しをしてもらった。歪なのも含めて、全部焼いたわ。だって我が子の成長の証よ。きっとエル様も見たいはず。綺麗なものも崩れたものも、まとめて袋に入れてリボンで飾った。クロエが用意してくれた籠に入れ、持つのは当然ミレイユだ。
「落とさないようにね」
「はい、お母様」
受け答えがしっかりしすぎて、心配になる。でもお母様やお姉様の話では、女の子の方が早く大人になるんですって。言われて思い返してみたけれど、私の記憶にあるお兄様は十分大人の振る舞いだった。正直、参考にならない。
甥や姪も幼いし、たまにしか会えないので判断材料にならなかった。お義姉様は同行されるのかしら。もしご一緒なら、聞いてみましょう。王子が二人、王女が一人、国王ご夫妻は子育ての先輩だもの。
マリユスに手を差し伸べれば、笑顔で手を繋ぐ。でも反対の手を姉に伸ばすのよ。予想通りの行動に、なんて欲張りなのと笑った。
階段へ向かう途中、窓から見えたのは馬の列だ。城塞都市に入った一行は、もう坂道を駆け上っている。馬車がないけれど、まさか陛下も騎乗してきた? 置いてきたわけじゃないと思うけれど、あの人ならやりかねない。
エル様の性格を思い起こし、くすりと笑った。
「もうお父様が到着なさるわ。階段をゆっくり降りて」
右手に籠を持ち、左手を弟と繋ぐミレイユは階段の上で立ち止まった。いつもは手すりをつかんで降りるのに、両手が塞がっている。困惑顔の彼女に、クロエが籠を預かると声をかけた。首を横に振っているわ。
持っておりたいけれど、怖い。でも弟の手を離す決断はしないのね。ここで悪者になるなら、私よね。マリユスが繋いだ手を解き、彼を抱き上げた。姉と離れたと泣くマリユスを連れて、先に階段を降りる。
「お母様?」
「ゆっくり降りてきて。お父様は逃げないわ」
空いた左手を手すりに添えて、ミレイユがゆっくり降りてくる。本来は後ろに従う侍女だが、クロエが数段先を降りた。コレットは斜め後ろに控えている。転ばないよう慎重に降りたミレイユは、誇らしげに籠を確認した。
中身の無事を確かめて、安心した様子。手足をばたつかせて暴れるマリユスを下ろせば、すぐにミレイユへ駆け寄った。転びそうになる弟と手を繋いだ姿に、扉の開く音が重なる。
「戻ったぞ!」
「お帰りなさいませ、エル様」
「とと!」
「お父様、おかえりなさい」
家族の挨拶が飛び交い、身軽な私はエル様に抱きついた。子供たちを置いて、先にごめんなさい。でも我慢できないわ。一カ月も離れていたんだもの。頬を寄せて抱き合い、落ち着いたところでミレイユ達に譲る。
膝をついて両手を広げたエル様が「おいで」と二人を呼んだ。すぐ駆け寄りたいだろうに、ミレイユはマリユスの速度に合わせている。よく出来すぎて、不安になる子だわ。
「マリユスはこんなに歩けるのか。ミレイユも一層可愛くなった」
二人いっぺんに抱き寄せ、頬を寄せて確かめ合う。ミレイユは焼き菓子の籠を落として、両手でエル様に抱きついていた。こうしていたら、普通の四歳よね。ちょっと安心しちゃった。
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