29.エル様にとって可愛い

 王都は街の入り口に衛兵の立つ門があった。低いけれど立派な壁がぐるりと街を囲んでいる。エル様によると、まだ建設途中の壁なのだとか。表の門がある場所から両側へ作っているので、裏まで完成していない。いずれは街を守る立派な壁になるのだろう。


 農業中心で、心配事は家畜を襲う狼くらいだったアルドワン王国は壁を作らない。街も畑も放牧地も、すべて平らに見渡せた。ただ、灌漑設備が整っているため、小川がたくさんあった。元から流れていた大きな川を、上流で幾つにも分割したのだ。


 細い用水路で引き込んだ川は、それ自体が要塞のようなものだとエル様は笑った。便利だから作ったのに、別の用途も成すなんて川は凄いわ。


 王都の門をくぐった先は、賑わう街の光景が広がる。どの国でもあまり変わらないけれど、人々の表情が明るいのはいいことよ。以前に歴史の授業で先生に教えてもらった。軍事国家ルノーでは、民が黙り込んで塞いでいると。


 上に立つ王族の治世が優れて、民の生活が豊かになれば、誰もが笑顔で暮らせるの。教えてもらった内容を実際に感じて、嬉しくなった。これから私が暮らす国で、エル様の故郷であるモンターニュが素晴らしい国でよかった。


 アルノー侯爵領も栄えていたが、それより人が多い。広場も道も石畳なのに、石の一つ一つが大きい。机のような大きさの石が敷き詰められていた。工事が大変そうだわ。アルドワンの石畳は、レンガぐらいの石を並べているのに。


 違いは他にもあった。アルドワンは二階建て以上の建物は、王城以外にない。でもモンターニュの王都は、見上げる四階建ての建物があった。ぽかんと口を開けて眺める。エル様に馬車の中に引き戻された。


「あまり顔を出していると、悪い人に見初められるぞ」


「悪い人がいるのですか?」


「いないとは言えない。少なくなるよう努力はしているが」


 アルドワンでも悪い人はいます。皆が苦労して収穫した麦を盗んだり、勝手に人の鳥を奪って食べてしまったり。納得して引っ込んだのですが、見初められるの表現が引っ掛かった。子どもを見初めてどうするのかしら。私が王族だと知らないわよね?


 身代金も請求先も遠いし……うーんと唸って首を傾げたら、エル様は「可愛いんだから気を付けないとな」と理由を付けました。エル様にとって私が可愛い、これは大きな収穫です。


 嬉しくて足の先をぶらぶらと揺らしてしまった。クロエがいたら行儀悪いと叱られたところよ。猫の尻尾みたいに感情を反映して揺れる足を、ぎゅっと戒めてみる。


 顔を上げた私は、肩を震わせるエル様に気づいた。


「どうなさったのですか?」


「昨日も今日も、アンは可愛いと思ってな」


「……えっと、ありがとうございます」


 話を逸らすように、エル様はお店を指差した。窓の上を赤いテントが飾り、窓の下柵に花の籠が置かれた可愛いお店だ。人がたくさん並んでいた。


「あの店はスコーンが絶品だ。城へ届けてもらおう」


「ダメです!」


 大きな声で否定した。きょとんとしたエル様に、きちんと説明する。


「皆が並ぶ人気のお店なのに、ズルして横から買ってはいけません。後で二人で並びましょうね」


「私よりアンの方が大人だな」


 笑いながら頭を撫でられ、私は得意げに胸を張った。あの発言、お父様の受け売りなんだけど、いいわよね?

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