37.エル様は渡さない
ふわりと抱き上げられ、いつも通り左腕に腰掛ける形になる。首に手を回し、エル様に抱きついた。後ろに立つクロエと視線を交わし「さっきのは内緒ね」と合図する。
笑顔を浮かべるわけにいかず、クロエは首を縦に振った。小さな動きで、気づかれないように。こういうところ、本当に助かるわ。衛兵に付き添われ、セリアも駆け戻ってくる。
喚きながら連れて行かれる女性は、あまりに暴れるため騎士が困惑していた。貴族女性の胸元や腰を避けて捕えようと苦戦する彼らに、エル様は淡々と命じた。
「爵位は剥奪する。その女は平民だ、気遣いは無用」
驚いた私同様、彼女も目を見開く。真っ赤な紅の引かれた唇が震え、一気に喚き立てた。
「なぜです?! 私はフェルナン殿下の婚約者となり、妻になってお側にいるべきです。他に相応しい女性はいないわ! 不当な政略結婚なんて、おやめに……っ」
エル様の右手が何かを合図した。頷いた騎士が、彼女の口にハンカチをねじ込む。それでも何か喚いているようで、声が漏れていた。
「反省がみられないな。マルノー侯爵家は、よほど滅びたいらしい」
ゾッとするほど恐ろしい、低い声だった。エル様の声なのに、まったく別人のよう。困惑して眉尻を下げた私の頬を、そっと撫でる手は優しいのに。
「国王陛下の予定を確認してくれ。すぐに会いたいと」
敬礼して踵を返す騎士を見送り、私は抱っこされたまま客間へ戻った。待っていたデジレは、事情を聞いたのか。お茶を用意する。
ソファに下され、手足も確認された。
「ケガはありません。言葉だけです」
「ならば、見えない場所に傷を負わせてしまった。すまない」
「い、いいえ」
私もやり返してやれと思って、ちょっと最後は意地悪な言い方をしたし。やられっぱなしではない。でも言ったら嫌われるかも。
「よく頑張った、私の名誉を守ってくれてありがとう」
笑顔を浮かべたエル様が思わぬ発言をして、私はぽろりと涙をこぼした。だってエル様を信じているし、大好きだから。奪われたくなくて、必死に争った。お父様やお母様の姿を思い出し、お姉様の振る舞いを真似て……お兄様の毅然とした口調で。
全力で抵抗した。
認めてもらえたなら、私は戦って勝利したと胸を張れる。頬が緩んで、顔が赤くなるのがわかった。
「泣かないでくれ、私は君の涙に勝てない」
鼻を啜って我慢し、じんとした目の奥の熱を逃す。何度も瞬いて、笑顔を浮かべた。大好きよ、エル様。あなたを渡さないためなら、同じ目に遭っても全力で立ち向かうわ。
「大好きです、エル様」
「光栄だ、私の姫君」
用意されたお茶を飲んで落ち着いたところで、国王陛下が飛び込んできた。ノックもなく扉が開いて、国王陛下が立っている。何が起きているの?
きょとんとした私に、陛下はいきなり頭を下げた。いえ、隣のエル様に対してかも?
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