86.幸せすぎて怖い

 どんなに忙しくても国王ご夫妻が到着されたら、一緒にお茶を飲む時間くらい作れるわ。明日もお兄様が到着予定だから、午後の時間は空けておきましょう。


 お茶を飲む間に、王妃殿下から素敵な提案をいただいた。というのも、先ほど玄関ホールへ向かう階段を降りる姿が、とても美しく見えたそう。これを演出として取り入れてはどうか、と。提案したお二人が、腕を組んで降りて見せてくれた。


「確かに素敵です」


「こんなふうに見えるのか」


 エル様も驚いた顔をして、二人で頷きあった。これは取り入れてみたい。結婚式のドレスは裾が長く引き摺るので、踏まないようにしないといけない。それにヴェールもドレスの裾の手前まであった。


 危険なのは、落ちた私を支えようとしたエル様を巻き込む可能性だわ。その話をしたら、国王陛下は大笑いした。


「フェルナンが落ちる? いっそ見たいぐらいだが、絶対にない。だから腕をしっかり絡め、守ってもらえ」


「ええ。妻は唯一無二の存在で、守られてこそ輝くものよ」


 王妃殿下も援護に入り、エル様も安心して任せろと請け負った。これは私も覚悟を決め、エル様の妻らしく堂々と歩く方がいいわね。大きく頷くと、皆が嬉しそうに微笑んだ。


「早くお義姉様と呼んで欲しいわ」


「それを言うなら、私も義兄上と呼んでもらえるのか。エルは呼ばなくなったから、せめて義妹には呼んでほしい」


 私的な呼び方に切り替えた陛下は、少し寂しそうに眉尻を下げる。ちらりと窺うも、エル様は平然としていた。呼んであげたらいいのに。そんな言葉が出そうになって、慌てて呑み込む。勝手に口を挟んだらいけないわ。


 再び階段の話に戻り、結婚式の前の入場で使うか。それとも披露宴となる宴会の演出にするかで意見が分かれた。私はお式の時がいいけれど、危険度を考えるとお披露目の方が安心かしら。


 ドレスを着替える予定なので、それも踏まえて検討された。最終的にエル様の一言で、全員が意見を集約する。


「足首が見えるといけないから、式の前にしよう」


 お披露目のドレスは、結婚式の白いドレスより短い。挨拶回りをするので、歩きやすいよう床すれすれの高さで仕立てた。引き摺るドレスなら布が余って足を隠す。モンターニュの既婚女性は、足首を見せないと習った。


 浮気のお誘いと勘違いされるから、が理由らしい。そのため夏にワンピースを着る時も、レース製の長い靴下を履くのが礼儀だった。今回はきちんと靴下を履くけれど、それでも足首近くは見せない方がいいと結論づけられた。


「お前がそんな気遣いをするなんて、驚いたぞ」


 からかう口調の陛下に、王妃殿下はからからと笑って否定した。


「違うわ、これって嫉妬よ。可愛いお嫁さんの足を見せたくないの」


「なっ! 陛下も殿下も!」


 言葉に詰まったエル様の耳が少し赤くて、本当に嫉妬してくれたのかもと頬が緩んでしまう。どうしよう、結婚式前なのにこんなに幸せで。お式の間に頬が緩んでへにゃりとした顔をしてしまったら、恥ずかしいわ。


 幸せすぎて怖いなんて、贅沢ね。

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