90.美味しく食べてね
磨いた肌に残るパールの粉を洗い流し、再び香油で手入れをする。髪も一度解いて洗い、丁寧に乾かしてもらった。少しうねる髪をゆっくり整える。
階下ではまだ宴会が続いていた。集まった人達にガーデンパーティで昼食を振る舞い、お開きになる。その後残った来賓や貴族と、晩餐会で夕食を共にした。陛下とお兄様も打ち解けたようで、いろいろなお話をしている。
飲み会に近くなり、人々が決められた席から移動し始める頃、私とエル様は抜け出した。花嫁花婿が途中で消えるのは、慣習なので誰も気にしない。逆にいつまでも残っていると、追い出されると聞いた。
初夜は、夫婦にとって大切な時間だ。綺麗に着飾った昼間のお式と違い、妖艶さや色っぽさが求められるはず。透ける夜着は、カロリーヌお姉様に選んでいただいた。上に羽織るローブは、お母様のお見立てだ。
「これ、ほとんど着てないんじゃない?」
「こういうものです」
クロエに言い聞かされ、恥ずかしさを押し殺して袖を通した。いいえ、袖はない。肩に紐があるだけだし、肌はレースで見えちゃうし、下着も小さくて……。この姿でエル様の前に出るの?
何度確認しても、侍女達の返答は同じだった。これで正しい、合っている、不安にならずお任せしなさい。思っていたのと違うわ。緊張しながら、薄くて破れそうなレースの夜着を纏った。柔らかなピンクのローブで肌を包み、やっと人心地つく。
「こちらをどうぞ」
コレットが用意した軽食を受け取った。ドレスと違って、シーツを巻いて食べないでもいいのが助かる。晩餐会では緊張して、あまり食べられなかったの。それに周囲の方もお祝いの言葉をたくさん下さるから、答えている間に食べ損ねたのよね。
パンに挟んだハムと卵が美味しい。ぱくぱくとお腹に収め、紅を塗り直してもらった。肌には薄く粉を叩いただけ。それ以上の化粧はいらないんですって。
私が支度をするここは、女主人が使う部屋だった。これから私が日常的に住む部屋で、普通の部屋にない扉がある。廊下やお風呂、クローゼット以外に繋がる扉の前に立った。振り返ると、侍女四人が微笑んで会釈する。大きく頷いて、扉を開けた。
エル様はまだのようで、残念に思う。でも安心した部分もあるのよ。寝室は大きくて、ベッドも五人くらい寝転べそう。耳年増なので、どうしても想像してしまう。寝室でのアレを夜の運動なんて表現する小説もあったから、広く作られているのね。
ドキドキしながらベッドに腰掛け、きょろきょろ見まわした。ここに座っていると、早くとせがんでるみたいかも。迷って椅子へ移動しようと立ち上がったところで、扉の開く音がした。びくりと肩を震わせる。
「アン」
「エル様……」
片手にシャンパンのボトルを持って、エル様は首を傾げた。ローブの胸元がすごいの。筋肉が直接見えるのよ。今までは訓練中でも、抱きついていても、シャツ越しだったのに。
どきどきが高まりすぎて、音が聞こえるんじゃないかと心配になる程。エル様に促されて椅子に座り直し、シャンパンで乾杯した。二杯目でグラスを取り上げられ、エル様の唇が重なる。ゆっくり抱き上げられ、歩いてベッドまで運ばれた。
愛してると言われるたびに、私も同じ言葉を返した。可愛いと褒められ、囁く言葉のすべてが甘い。エル様に美味しく食べられちゃいそう。
まだ足りない胸も、首筋や腰も、言えないような場所までキスを浴びる。それから痛くて、でも幸せで、満たされた時間が続いた。朝になっても途切れず、運ばれた食事で一時休憩しただけ。一週間籠るのよね? 体力が持つかしら。
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