89.私だけの王子様に愛を誓う
砦の部屋や廊下なんて、全部知っている。お菓子作りのために地下にも足を運んだ。抜け道も覚えたし、確認していないのは屋根の上くらい。そんな見慣れた廊下の先に、王子様が立っていた。
私だけの王子様よ。王弟殿下という肩書きなんて、どうでもいい。私を幸せにして、私が幸福を与えたい人――フェルナン様。軍を率いる時と同じ綺麗な姿勢で、軍服に似た正装を纏う彼に見惚れた。
大人の色気というのかしら。あげた前髪が少しほつれて、額に掛かるのが色っぽい。ドキドキしながら、お兄様に手を引かれて近づいた。
「美しいアンジェル姫、私の妻になる気持ちに変わりはありませんか?」
「ええ、必ず幸せにして差し上げます」
幸せにしてくださいと願う、お淑やかな姫ではないの。攫われかけても生き延びて、あなたの元へ帰る妻になる。寿命で亡くなるまで、いえ、亡くなった後も離さないんだから!
エル様が腰に手を当てて、腕を突き出す。ディオンお兄様の手を離し、私はそっと腕を掴んだ。男性は腕を貸し、女性は手で掴む形で応じる。モンターニュの正式なエスコートだった。
階段の上で、お兄様は「幸せに」と微笑んで数歩下がる。階下からは私とエル様だけが見えるはず。エル様が一歩進み、息を合わせて私も踏み出した。階段の足元は見ない。顔を上げて少しだけ顎を引いて、微笑みを絶やさずに階段を踏み締めた。
一歩ずつ、降りるたびに安堵感が広がる。エル様は何があっても私を助けてくれるわ。落ちる心配などせず、階下のお客様に小さく会釈しながら、目を合わせていく。下まで降りた正面に、国王夫妻が待っていた。
「我が弟が美しい姫君を妻に迎える。皆、祝ってくれ」
陛下の声に合わせ、さっと道が開かれた。玄関ホールに集まった人が、左右に分かれる。その中央を、堂々と歩く。どうしよう、泣きそうだわ。幸せでも嬉しくても涙が出るなんて、困ったこと。涙がこぼれたら、化粧が台無しになってしまう。
大きく目を開いて我慢しながら、用意された庭の祭壇へ向かった。決まり文句の宣誓を行い、愛を誓う。わっと歓声が上がった。祭壇を背に振り返れば、多くの人が笑顔だった。
「アン、愛している。私の妻になってくれてありがとう。それと……これからよろしく頼む」
「私、幸せすぎて……エル様の奥様になれるのが嬉しいです。愛しています、初めてお目にかかった日からずっと。これからも」
最後の言葉に驚いた顔をして、ほわりと笑う。残っていた言葉を受け取るように、そっと唇が触れた。呑み込まれた言葉が思い出せないくらい驚いて、それ以上に嬉しい。
花が咲く庭で、多くの人に祝いの言葉をもらった。もちろん品物も届いているけれど、開けて返事をするのは半月先らしい。モンターニュでは、新婚夫婦は一週間ほど寝室に篭り、その後はまた一週間ほど屋敷でのんびり過ごす。慣例に従えば、二週間は返事が来ないのが普通だった。
あまり早く返事を出すと、夫婦生活を心配されてしまうのだとか。ふふっ、恥ずかしいけれど素敵な慣わしね。私達も一週間、きっちり篭りましょうね!
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