06.なぜ驚かれたのかしら

 城塞都市の真ん中、一際立派な塔が建っている。その隣にお城があった。アルドワン王国の城は、壁や窓枠に装飾が施されている。この城にそういった飾りはなかった。


 壁に蔦が這っている様子もない。きょろきょろする私を、エル様は腕を回して抱き上げた。


「上ばかり見ていると、転ぶからな」


「ありがとうございます」


 しっかりと首に手を回した。がっちりと逞しい腕に支えられ、縦に抱っこされる。これって、エル様の腕に座っているみたい。


「あの……利き腕が塞がってしまいます」


 騎士は腕を塞ぐのを嫌がる。そう聞いたことがあった。エル様のご迷惑になるなら、歩きます。そう続けるつもりだったのに、エル様は首を横に振った。


「気遣いは嬉しいが、左利きだから問題ないぞ」


「あ、はい」


 そうなの? 左利きなら、右腕に座ってても平気なのかな。一応抱っこだけど、これじゃ子ども扱いね。昔、騎士団長がしてくれた抱っこに似ている。


 城の入り口には、立派な門があった。上に格子があるから、きっと吊るすタイプの扉だわ。緊急時に切り落として使う、と歴史の先生に聞いた。実際に見ると少し怖い。落ちてこないわよね。


 ドキドキしながらくぐり、待っている使用人に驚いた。正面の扉まで、たくさんの人が並んでいる。


「お帰りなさいませ、公爵閣下。アルドワン王国の姫君をお迎えできましたこと、我ら一同、光栄にございます」


「よろしく、お願いしますね」


 自然と口をついた挨拶は、普段から使用人と言葉を交わすことが多いから。アルドワン王国は歴史が古いけれど、庭師と一緒に花を植えたり、侍女とお菓子を作ったりする。王族だからこそ、民の生活を体験することは重要視されてきた。


 麦の収穫を手伝ったこともあるし、街の育児施設で無償奉仕した経験もある。何か災害があれば、炊き出しも手伝うくらい民との距離が近かった。


 モンターニュでは違うのかしら。不思議そうに目を見開いて固まった執事らしき男性は、慌てて頭を下げた。


「こ、こちらこそ」


 ぎこちなく応じる様子に、私はこてりと首を傾げた。距離の近いエル様の顔を確かめたら、やっぱり驚いた顔で私を見つめる。思わず、後ろに従う侍女のクロエを探してしまった。首を傾げたまま、「私何か変なこと言った?」と唇の動きで確認する。


 彼女は穏やかに微笑んで、ゆっくりと首を横に振った。大丈夫みたい。安心してエル様に声をかけた。


「お城の中を案内してください、エル様」


「休んでからにしよう」


 ぱちくりと瞬きし、そうねと頷く。旅の装いだから動きやすい服で、お姫様らしさはない。きちんとした姿でご挨拶した方がいいし、きっとエル様も疲れているんだわ。アルドワン王国まで旅をして、また帰路に着いたんだもの。


 頭を下げた使用人の間を通り、重厚な玄関扉をくぐった。


「ようこそ、我が城へ。アンジェル姫の輿入れを歓迎する」


「嬉しいです、ありがとうございます」


 満面の笑みで返す。玄関ホールは上の窓から光が注ぐ明るい場所で、タイルが光を反射していた。よく磨かれているわ。感心しながら、そのまま螺旋階段を上った。奥にある部屋に通され、長椅子へ下ろされた。今日からここで暮らすのね。

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