05.公爵領は城塞都市でした

 モンターニュ国内に入ると、景色が変わった。大きな川沿いを移動する馬車は、草原を抜けていく。花が咲く草原は、牛や馬がたくさん放牧されていた。


 農耕中心のアルドワン王国と違い、モンターニュ国は放牧や鉱山の開発が主産業だ。そう習ったけれど、実際に風景を見て納得する。うちの国なら、この川から水を引いて畑を作るわね。灌漑設備に定評があるアルドワンは、少量の水でも上手に利用してきた。


 大きな山脈があり、鉱山事業をするモンターニュは、雪解け水も豊富なのだろう。羨ましい限りだわ。窓の外を見つめる私は、膝の上に座っている。お陰で窓の高さを気にせず、外を眺めることができた。


 振り返ってエル様を見つめる。琥珀の瞳はオレンジが強くて、夕焼けの色より優しい。視線に気づいたのか、首を傾げて私に微笑んだ。


 王族や高位貴族は、どこの国でも顔が整っている。美人を妻にもらい、顔のいい殿方を婿にし、洗練された美貌を受け継ぐから。エル様のお顔は綺麗で、でも女性的な美とは違った。凛々しい殿方の顔立ちで、どうやっても女性に見えないのに……優しく穏やかな印象だ。


 モンターニュ国の王族は、エル様のようなお顔が主流なのかしら。アルドワン王国は、銀や金の髪色が多い。肌は小麦色で、健康的な印象だった。瞳の色は青が多く、王家は赤紫ばかり。髪色は金髪だけれど、色は薄くて銀に近い。顔立ちもおっとりして、垂れ目かも。


 冷静に自分の姿を思い出し、精悍な印象のエル様と並んだ姿を想像する。六歳年上のカトリーヌお姉様は私とよく似ているから、想像しやすかった。


「アン? 外を見なくていいのか」


「エル様のお顔を見ていたくて」


 素直にそう答えた。飾っても見抜かれてしまうと思うし、好きな人に嘘はつきたくない。並ぶのに相応しいレディになる頃、エル様はもっと大人になるのよね。追いつけないわ。


 成熟した殿方の魅力を振りまかれたら、誰かに取られてしまいそう。まだ幼い私は胸もぺたんこだし、背も低い。夫婦になってもキスくらいしか出来ない。いろいろ考えて、気分が落ち込んできた。


「私の城が見えたぞ」


 まるで見透かしたように、エル様が発した言葉。慌てて顔を上げる。窓から見えるのは、大きな白い壁だった。屋根は赤茶色でレンガのよう、白い壁はよく見るとゴツゴツしていた。自国の優美な城しか知らないので、驚いて目を見開く。砦のようだわ。


「無骨だが頑丈で強い。他国に攻められても持ち堪えるぞ」


「砦のようなお城なのですね」


「ああ、自慢の城だ」


 実用性を重視した城に、使わない場所などないのかも。高い塔は見張りが旗を振っているし、白い壁は塀を兼ねているみたい。城下町が見当たらないのはどうしてかしら。


 その謎は、白い壁の門を潜って判明した。塀が街を飲み込んでいる。お城はさらに奥にあって、箱庭のような街が広がっていた。


「広い、のですね」


「このような街を城塞都市と呼ぶ。民を守れる上、自給自足も可能だ。問題があるとすれば……優美さが欠片もないことか」


 くくっと笑うエル様のお膝で、私は一緒に笑った。


「ここが今日から私のお城でもあるのですね。街の中を散歩してみたいわ」


「ああ、時間を作ろう」


 約束ですよ、と指を絡める。整備された道を走り出した馬車で、指は離された。よく見えるようにと抱えられ、街並みを見物する。早く歩いてみたいわ。すごく賑わってるんだもの。

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