81.戦うだけが騎士ではない

 ナタリーに庇われた私は、彼女の肩に刺さった矢に震えた。恐ろしい。もし助けが来なければ、彼女が殺されてしまう。自分が傷つくことも嫌だけれど、人が目の前で傷つけられるのはもっと怖い。


 地面にぴたりと押し付けられた私の耳に、馬の蹄の音が届いた。大勢が走ってくる。その音が味方ならいいけれど、敵だったら! もう二度とエル様に会えない?


「助けてっ! エル様ぁ!!」


 我慢しなければと思ったのに、声が漏れた。一度溢れた感情は取り返しがつかなくて、もう一度「エル様!」と呼ぶ。クロエが無言でナタリーの背に覆い被さる。宥めるような視線に、気づいた。


 私を守って死ぬ気なの? 隙間から必死に探る世界はまだ薄暗くて、森の木々で朝日が届かない。ナタリーは動かなくて、ぬるりと温かな血が流れてきた。その上でクロエは己の身を盾にしようとする。


 私が抜け出せたら、戦えたら。そう思った時、セリアの叫ぶ声が聞こえた。


「味方よ! 援軍だわ!!」


 絶叫に近い大声だった。喉が潰れてもいいと全力で叫んだ彼女の後ろから、望んだ声が届く。


「アン、無事か!?」


 エル、さま? ここにいますと叫びたいのに、喉が震えて嗚咽が漏れた。緩んだ感情は我が侭で、肝心な時に役立たない。必死でここよと声を絞るけれど、目の前にいるクロエに届くかどうか。


「こちらです、フェルナン殿下!」


 代わりに大声で呼ぶクロエが、ナタリーを起こそうとする。そこへ別の騎士が駆け寄り、矢を受けたナタリーを抱き上げた。目の前が開けて、完全に夜が明けたことを知る。


 朝日の届き始めた森は、昼間の穏やかな顔を取り戻した。あちこちで叫び声と金属音が響く。元から一緒だった騎士は革鎧で、駆けつけた援軍は戦支度だった。金属製の鎧は、敵の矢を弾きながら輝く。


 エル様も金属の鎧を身につけ、乗ってきた馬から飛び降りた。そのまま走り、私の前で膝を突く。兜を転がしながら両手を広げた。震える手を伸ばす。


「えるさ、ま。エル、様! エル様っ!!」


 名前以外、何も出てこない。ありがとうとか、ごめんなさいとか。様々な意味をすべて名前に込めて、必死で声を絞った。私の手を掴んで引き寄せ、耳元でケガはないかと尋ねる。


 倒れた時に足を捻ったけれど、こんなの痛みに入らない。だから首を横に振った。平気と仕草で伝える。


「もうすぐ戦闘が終わる。それまで」


 待っていてくれ? 離されないよう、必死で鎧に頬を寄せた。そんな私をひょいっと抱いて、エル様は笑う。


「皆を守ろう」


 ケガをした騎士や動けないナタリー、足手纏いにならないよう隠れる侍従。クロエ達も木の側の大きな茂みに身を寄せていた。


「領主の役目は先陣を切ることではなく、民を守ることだ」


 そう言って、戦えない人達の盾になるような位置に陣取った。隣に座るよう言われ、足をケガしたデジレと並んで腰を下ろす。エル様は数名の騎士に命じて、馬を確保した。


 乗って来た軍馬はもちろん、飛び降りて戦う主人に、馬は少し離れた場所でおろおろしている。集められた馬同士、身を寄せ合って固まった。臆病な生き物だったと思い出す。


 エル様が離れるのは嫌なのに、戦いに加わらなくて平気かしらと心配になった。戦っていたら、ケガをしないか不安になるけれど。


「驚くような援軍が来るぞ」


 秘密を明かすように囁いたエル様が、領地の方を示す。戦闘の音でよく聞こえないけれど、足音? 援軍の言葉に期待しながら、私は首を伸ばした。

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