58.子育ての事前演習みたい
「ララ、その机はダメよ」
子猫を叱って、抱き上げる。机に乗って遊び始めたララは不満そうな顔を見せた。猫は表情があまりないと聞いていたのに、全然違うわ。すっごく機嫌悪そうな顔だもの。
きちんと爪の手入れを行うため、傷つけられる危険性は低い。数回噛まれたけれど、痛いと言ったら離してくれた。きっと人の言葉を理解しているんだわ。飼うと可愛くて、多少の悪戯は許してしまうけれど。
机の上はダメなの。インクを飲んだら危ないし、ガラスペンの先は尖っている。何より、食事をしたりするテーブルに乗れば、大変なことだ。躾の出来ていないペットは、本人が不幸になると教えられた。
これは子どもにも適用されるが、最低限の躾やマナーが分からない子は、周囲から
王族はその怖さを教えられた。我が子が権威を振り翳し、他人を傷つけてからでは遅いのだと。民や貴族を傷つけない子を育てるのは、厳しさも必要だった。ララが噛んだり机で悪戯をすれば、家族や使用人は嫌な猫だと思う。それはララにとって不幸だ。
「叩くのは可哀想だからしないけれど」
動物であっても、痛いのは気の毒だ。机に乗るたび叱っていたら、徐々に乗る回数も減ってきた。今後も同じ方針でいきたい。未来の我が子にも、叩いて躾けるのは嫌なの。
ここまで考えて、ぶわっと全身が熱くなった。我が子……エル様の妻として、後継を産むってことよね。想像だけで赤くなった私の姿に、クロエが慌てて額に手を当てる。
「大丈夫よ、熱はないわ」
「いいえ。熱いので、お休みになられた方が」
「じゃ、じゃあ……部屋でゆっくりするわ」
まだ陽が高い時間だから、寝ないけれど部屋で休む。そう伝えたら、クロエは心配そうにしながら頷いた。セリアが水差しを交換し、デジレは猫の水や餌を用意する。抱えるようにして猫ごとコレットに運ばれた。
ベッドの上で、猫を膝に乗せて寛ぐ。一時的な熱はゆっくりと下がり、読書して過ごした私は薄暗い部屋で本を閉じた。膝の上で眠る子猫は、すぅすぅと寝息を立てている。
「いきなり飛躍した想像だったわ」
未来の私はお胸が膨らんで、腰のくびれた美女になっているかしら。カトリーヌ姉様を思い浮かべ、ちょっとだけ安心する。他国の王子様を射止めた美女の妹で、あのお母様の子だもの。綺麗になるわよね。
先日お菓子を食べ過ぎて膨らんだ気のするお腹を撫で、顔を引き攣らせた。
「食べる量は注意しなきゃ」
ノックの音がして、夕食の準備ができたと伝えられる。入室したコレットとデジレに手伝ってもらい、着替えて髪を整えた。エル様との夕食は大事な時間だ。最近は仕事が忙しく、エル様は昼食やお茶をご一緒できていなかった。
準備を終えて振り返ると、ベッドの端で不満そうに前足を抱えて睨む子猫。準備のために起こして膝から下ろしたのが気に入らないのね。ふふっと笑って手を振った。後でね。
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