21.私を助けなくていいわ
夜中はぐっすりで、目が覚めたらクロエがいた。彼女は私が起きたことに気づくとカーテンを開け、差し込んだ眩しい光が室内を照らす。
「また何かあったの?」
「いいえ」
前回の騒動の時に、私が起きるより前に侍女がいたから。今回も同じかと思って心配したわ。大好きなエル様が私のためにと選んだ服が、汚されたら悲しい。ほっとしながら、運ばれた服に袖を通した。ワンピースなのに、エプロンみたいな飾りがついている。
「不思議な形ね」
「モンターニュで流行しているそうですわ」
柔らかな緑のワンピースは、裾に黄色で刺繍が入っていた。スカートの半分をエプロンが隠すから、裾を華やかにしたのかしら。エプロン部分は小さな飾りポケットが一つ、フリルがたっぷり。エプロン部分は白でレース模様に見えるけれど、布のところどころに穴を開けて透けているように見せていた。
手が込んでいるけれど、これならレースを使えばいいんじゃないかな。可愛いからいいか。ふふっと笑い、鏡の前でくるりと回った。風をはらんで膨らむスカートを、エプロンが押さえてくれる。捲れなくて安心だわ。
飾りは髪飾りだけにした。ワンピースの胸元にレースの襟が付いているの。ふわふわと可愛いし、見た目も豪華だわ。大きな髪飾りは黄金細工で、透かし模様で薔薇が彫られている。アルドワン王国では、彫金細工はすべて高価な輸入品だった。
これも、お母様が嫁入り道具として持ってきた中の一つ。小さい頃に欲しいと強請った飾りを、嫁に行く私に持たせてくれた。本当にありがたいわ。
「食堂の場所も早く覚えなくちゃ」
まだ一人だと不安だ。侍女のクロエはもう屋敷のほとんどを覚えたと言う。一人で出歩くことは滅多にないけれど、住んでいるお城の構造や部屋の位置は覚えないといけない。王族は追われて逃げた場合、逃げ込む場所がいくつか用意されていた。このお城にもあるかしら。
クロエが階段に落ちていた小さな木くずに気づき、私を留めて先に下りる。拾った彼女が「危ない」と叫んだ。何が? きょとんとする私の背中が強く押されて、体がふわりと宙に舞う。たたらを踏むように踏み出した足が空中で不安定に伸びて、必死に受け止めようとするクロエへ落ちた。
「ダメッ! 避けて」
このままでは私を受け止めたクロエが、後ろにひっくり返ってしまう。階段の上の部分なのに、下まで長い階段が続くのに。落ちたら大ケガしてしまうわ。避けてほしいと願う私の叫びに、クロエの唇が動いた気がする。でも読み取れなくて。
落下する体を制御できない。クロエの胸に飛び込んだ形で、さらに倒れていくのが分かった。こういうときって、時間が止まったようにゆっくりに感じる。でも何かできるほど時間はなくて、焦るだけだった。
音が消えた様な空間で、私を抱き止めたクロエが頭を守るように腕を回す。そんなことしたら、あなたが自分を守れない。泣き出したい気持ちで、呼んでいた。
「助けて……お母様、お父様……エル、様」
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