22.あの犯人は見たことあるわ

「私の名が最後なのは悲しいが……よしっ、間に合った!」


「エル、様?」


 落下が止まった。きょとんとして顔を上げれば、エル様がクロエの肩から顔を覗かせる。驚いて瞬きする間に、体勢を整えた。状況として、落下する前には気づかなかったけれど、階下のフロアに皆がいたらしい。


 今後のお城内での警護の問題を話していたエル様が、私の叫び声で振り返る。駆け寄る間に、他の騎士も段飛ばしで追いかけた。最終的に、私を受け止めたクロエをエル様が支え、さらにエル様が転ばないよう数人の騎士が応援に入った?


「すごい、ですね」


 驚き過ぎて言葉が見つからない。偶然の幸運ってあるんだわ、そう思ったけれど違った。エル様は私が狙われているから、と出来るだけ一緒にいる時間を増やしたみたい。その一環で、今日も階下にいた。エル様が私を抱いて、ゆっくりと階段を降りる。後ろからクロエが続いた。


「ケガはない? クロエ」


「はい、姫様。何ともございません」


 ほっとした。もし私を抱いてクロエが落ちていたら、そう思うとぞっとする。背中だけじゃなく、全身が傷だらけになるわ。骨が折れるかもしれない。


「エル様、助けてくれてありがとうございます」


「お礼は嬉しいが、次は私の名を最初に呼んでくれ」


「はい」


 ふふっと笑みが漏れた。エル様が安心したような表情になる。


 最上段の後ろが壁で、両脇が明り取りの窓だ。この時間は日差しが眩しく、押した人物の影は見えても顔は分からなかった。ただ……追いかけた騎士が一人の侍女を連れて戻る。


「フェルナン王弟殿下、犯人を確保いたしました」


「ご苦労」


 捕まる際に抵抗したのか、髪が乱れている。侍女はきっちり結うのが一般的で、それは両国共通だった。運ぶ料理や服に髪を落としたりしないためね。その髪がぐしゃぐしゃに乱れ、服の一部も同様で。よほど激しく抵抗したのだと知れた。


「……侍女長のリーズを呼べ」


 エル様は不機嫌そうに命じ、私をしっかり抱き締める。見覚え、あるような……ないような? うーんと唸りながら、じっくりと犯人の顔を確認した。分からない。


 顔を上げた犯人と目が合い、彼女はきゅっと唇を噛んだ。そのまま睨まれてしまい、あっと思いだした。食堂へ向かう時、一人だけ私を睨んでいた侍女だわ。髪色が同じだもの。


「知っているのか?」


「えっと……その」


 本人の前では言いづらい。そう匂わせた私は、まだ睨まれているみたいだ。気づいたクロエが睨み返した。


「アンは優しいな。どうやら以前も睨まれたようだが?」


 絶対に目を合わせないよう逸らしたまま、エル様の胸に顔を埋めた姿勢で頷く。これから伝わるわよね。小さく動かした頭を、エル様の手が撫でてくれた。後ろで女性の悲鳴が聞こえ、どたばたと騒がしくなる。怖くて動けずにいる私を、エル様が引き寄せた。


 顔を埋めて動かずに待った時間が、とても長く感じられる。


「もう大丈夫、背後関係も調べてきっちり処分すると約束しよう」


「……はい」


 処分と聞くと少し怖い。だけど、何もしなければまた私が危険な目に遭う。そのたびに周囲の誰かを巻き込んで……今回のクロエのように危険な可能性もあった。全部お任せしよう。私は都合よく、自分はまだ子どもなのだからと逃げた。

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