17.大切な思い出を汚されてしまった

「強盗とは違うが……私は屋敷の内部犯行だと思っている」


 見せてもらったのは、少し離れた部屋に置いた私の荷物でした。木箱の上から大量の……黒い液体がかかっています。もしかして、馬車で運んできたドレスは全滅かも。すべての木箱に黒い色が付いていました。


 部屋の奥では、箱の開封作業が進められていた。さすがに貴族女性の衣装なので、男の侍従は参加しない。箱の釘を抜いて開けるだけで、さっと退室した。代わりに、この屋敷の侍女が総出のようだ。一つの箱に二人から三人、険しい表情作業をしていた。


 黒い液体は生臭く、私は鼻を手で覆った。エル様の見守る中、すべての箱の中身が広げられていく。クロエが取り掛かっていた箱は下着が入っていたようで、中を覗くなり首を横に振った。こちらはダメみたい。


 次は持って行く予定だったドレスの入った箱、これもべったりと汚れている。取り出したドレスは斑らにシミがついていた。


「この臭い、何ですか?」


 液体の正体を尋ねたら、エル様は渋いお顔で答えてくれた。


「イカ墨だ」


「イカ、すみ?」


 イカは食べ物のイカかしら。あれの内臓、とか? 生臭いのはそのせいかも。そう思ったら、ちょっと違いました。エル様のご説明によれば、潰した内臓と体内にある墨が混じったものだそうです。


 イカ墨だけならば食用になるそうですが、内臓が混じると腐りやすく食べることはない。数日前にお城でイカ料理が出たそうで、その残りではないかと聞きました。


「なんてことを!!」


「本当だ、腐った内臓を撒き散らすなど」


「そうですが、そうではありません!」


 アルドワン王国はさほど大きな国ではない。農業を中心として発展し、海に接していない国だった。海から届く魚介類はすべて塩やハーブを刷り込んで、大急ぎで運ばれる。つまり高級品だった。


 川魚ならば手に入るものの、痛みやすい魚や部位は食べられないのに。イカ墨を私が知らないなら、これは新鮮でなければ口に入らない貴重な食材だ。それを嫌がらせのために、腐らせてまで投げ込むなんて!!


「アン?」


「食べ物を粗末にする犯人は絶対に許せません」


 きっぱりと言い放ったところで、三つ目の箱の中身が引っ張り出された。


「姫様、こちらも無理かと……」


 イカ墨は落ちないと城の侍女達が肩を落とした。シミが残ってしまう上、臭いので処分するらしい。食べ物だけじゃなく、私が家族と選んだ大切な思い出の服をダメにされた。怒りが突き抜けて、体が震えた。


 あのオレンジのサマードレスは、お姉様とお揃いで選んだ。可愛いベルトが気に入ったワンピースは、お兄様と出掛けた時に着たわ。お転婆して破いた裾を母が直してくれたり、お父様とリボンの数を決めたドレスも。思い出がめちゃくちゃにされてしまった。


「アン、具合が悪いのか」


「いいえ。私のことより犯人を見つけてくださいませ。絶対に許しません。どんな理由があれ、絶対に」


 強調した私の形相は怖かった、とクロエは後で話した。できたら、その場で注意してほしかったわ。大好きなエル様に醜い顔をお見せしたなんて、重ねてショックが大きすぎる。


 エル様は私を抱き寄せ、ぽんぽんと背中を叩きながら慰め始める。悔しすぎて涙が出たのは、初めてかもしれないわ。止まらなくて、私は首に腕を回したまま嗚咽を漏らした。

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