62.戦争の足音が聴こえた
手紙の返信が来るより早く、何か送ろう。エル様と話し合って、珍しい果物や綺麗なお菓子を準備する。手元に残る工芸品は、質が良く長く使える物を選んだ。櫛や綺麗なカラクリ箱、木彫りの像など。すべて木製で、砦の民が冬の間に作るものだ。
割れる心配はないと思うけれど、丁寧に梱包した。それらを送り出して数日、恐ろしい知らせが舞い込む。幸せばかりは続かないと言われた気がした。
「ロラン帝国が、兵を挙げました!」
見張りを兼ねて、国境にはいくつも塔が建てられている。そのうちの一つから、伝令の兵が砦に入った。方角からして、攻め込まれるのはアルドワン王国であろう、と。
血の気が引いた。くらりと眩暈がして倒れる。クロエが慌てて受け止め、セリア達に運ばれた。意識はあるが、衝撃が大きすぎて動けない。涙がとめどなく流れた。
「っ! 聞いていたのか」
よい報告ではなさそうだと私を遠ざけたエル様は、侍女の騒ぎに気づいたようだ。広間で臣下と報告を受けた話を、扉の影で隠れ聞いた。無作法を謝らなくちゃ、その前にアルドワン王国を守ってほしいと話さないと。
混乱した頭の中は、いくつもが同時に浮かんで声が出ない。震える唇が動いたとしても、きっと声は聞き苦しいだろう。顔も涙でくしゃくしゃで、見苦しいはず。こんなの、嫌われてしまう。そうじゃない、お父様達を助けて!
何もかもが頭に一度に飛び出し、絡まって解けない。必死に伸ばした手で、エル様の袖を掴んだ。爪が折れそうなほど、力が籠る。
「アン、手が傷になる」
「っ、あ、エル……さまっ、わた、私っ」
この為に縁談が組まれた。アルドワン王国を救ってほしい。でもエル様が戦って傷つくのは嫌。この城塞都市に住む人々が犠牲になるのも、ダメ。だけど……私の家族や国を助けてほしいの。
泣きじゃくりながら、必死で伝えた。きっと半分も言葉になっていない。聞きづらい話を最後まで、エル様は遮らなかった。
報告に来た兵士や砦の騎士、エル様の臣下の貴族も集まっている。未来の公爵夫人がこんな姿を見せたらいけない。戒める声より、伝えなければと必死だった。澄まし顔で手遅れになるのは嫌なの。
アルドワン王国が狙われているのは、知っていた。戦う力を持たないアルドワンと、強いけれど歴史の浅いモンターニュ。双方が欲しいものを与え合うために、私達の政略結婚は成立した。
「心配するな、我々は強い。ロラン帝国の侵略を食い止め、アルドワンへ踏み込ませない」
約束してくれて嬉しいのに、涙は止まらなかった。前が見えなくなるほど瞼が腫れて、息が苦しいほど嗚咽が止まらなくて。見苦しい私をエル様は離さず、一緒にいてくれた。
泣き疲れて体力が尽き、崩れるように眠る。目が覚めたら、あれは嘘だったと言って? ただの悪夢だよと安心させてほしい。
抱き抱える温かい腕に身を任せ、私はさらに深い眠りへと落ちた。
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