27.歩かないなら大人の靴を

 翌朝、思ったよりすっきり目が覚めた。お気に入りのお人形がなくて不満だったけれど、起きたら目の前にちゃんと置かれている。知らない間に抱っこしていたようで、眠れてよかったと頬を緩めた。ノックして入室したクロエに、お人形のお礼を伝える。


「ありがとう、クロエ。とてもよく眠れたわ」


「いいえ。眠る前にお渡しすればよかったのですが」


 お屋敷の奥様にお茶会の参加を伝えて戻り、私が眉間に皺を寄せて眠っている姿に慌てたのだという。部屋に運んだトランクから人形を出して、上掛けの間に滑り込ませてくれた。


「ここの皺が消えて安心しました」


 ふふっと笑うクロエが眉間を突き、私はぷくっと頬を膨らませる。子どもっぽい仕草だけれど、癖になっているの。それを撫でて収め、クロエは手早く顔を洗う水を差しだした。


 お茶会の軽食は朝食と昼食を兼ねている。旅の途中という事情もあり、起きる時間を遅くしてくれたようだ。窓のカーテンを開くと、すでに日は高く昇っていた。


「遅れそう?」


「いいえ。まだ大丈夫です」


 セリアが櫛で髪を梳き始め、服を選んだデジレがどちらにするか尋ねる。普段なら数着用意して選ぶのだけれど、ほとんどの荷物は馬車の中だった。淡いピンクと山吹色。迷う私に、クロエがよい情報をくれた。


「お屋敷の奥様はミント色になさったそうです」


 侍女に事前に聞いたんですって。目いっぱい褒めて、山吹色を選んだ。並んだ時にピンクより浮かないと思うし、子どもっぽく見える気がしたの。リボンやフリルは優しい黄色で、裾と袖に金の刺繍が入っている。豪華さがあるのに、同系色だから目立ち過ぎない。


 ドレスに近いワンピースを着て、髪を結い上げた。私の金髪は銀が入って、薄い色をしている。だから濃い色のリボンが似合う。ワンピースより濃いオレンジのリボンを絡めてもらい、髪留めはお母様に頂いた金細工にした。


 全体に白い粉をはたいて、唇に薄いピンクをのせる。これでお化粧は終わり。白い粉は手足にもはたいておく。日焼け防止に効果があるらしいわ。アルドワン王国は小麦色の肌が人気だ。モンターニュでは白い肌であるほど美しいと考えるみたい。


 その点で行くと私は不利ね。元は白いと思うが、畑仕事の手伝いで結構日に焼けたもの。事前に分かっていたら、二年前くらいから白い粉を使ったのに。今さら言っても仕方ない。エル様もその点は触れなかったから、結婚式までに白くなる努力をしよう。


「準備は出来たか? 私の可愛いお姫様」


「エル様、完璧ですわ」


 ほらと回って見せる。ふわりと広がったスカートごと抱き上げられた。また抱っこで移動ですか? 頷くエル様の姿に、セリアが靴の交換を申し出た。歩かないならヒールが高い靴にしたらどうか、と。クロエやデジレも勧めるので、交換してもらった。


 カトリーヌお姉様やお母様が履いていたような、お洒落で細い踵の靴。大人になった気がして口元が緩んだ。

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