52.旅行は帰った直後が大変
帰って「ただいま戻りました」と口にするのは、擽ったい気がする。もう私の家という認識なの。エル様がいる場所が、私の家なんだわ。
お土産は一人ずつ渡された。積み上げたお土産を渡し終わる頃、疲れて眠くなる。かなりの人数がいたから、途中からうとうとしてしまった。セリア達がいてくれて良かったわ。私だけでは名前がわからない人もいたから。
この砦出身の侍女で、留守番をお願いしたコレットには、私自身の手でお土産を渡した。お土産話は明日にしてもらい、ベッドで横になる。エル様は溜まった仕事に囲まれていると聞いて、先に眠るのが申し訳なくなった。
「姫様が起きて待っておられても、手伝うことはできません。体調を崩されたら、悲しまれるのではありませんか」
そう説得されて、私は大人しくベッドに横になった。代わりに、エル様が部屋に来られたら起こすよう、何度も頼む。起きなかったら頬を張ってもいいから、そうお願いした。とんでもないと首を横に振る三人をよそに、クロエは「承知しました」と約束してくれた。
安心して目を閉じた、直後に意識が消える。すとんと眠りに落ちた。何も覚えていない。揺すられて、ぼんやりと目を開いた。首ががくがく揺れるほど揺らされ、パチンと頬に痛みが走る。そこでようやく目が覚めた。
クロエが苦笑いしながら「ご命令通りに」と囁く。お礼をいってクロエに身支度を整えてもらう。着替えはなしで、上に羽織るだけ。髪も横に流してリボンで一つに結んだ。
「エル様のお仕事が終わったの?」
「はい、廊下でお待ちです」
鏡でさっと確認し、入室の許可を出す。エル様も眠そうだった。先に眠ったから、なんとなく後ろめたい気分になる。
「先に休んでくれてよかった。アンが起きていたら、きっと仕事を放り出してしまったからな」
優しい人だわ、私の気持ちを優先してくれる。この人と結婚できるなんて、私は幸せ者ね。だから謝罪は違うわ。
「気遣ってくださりありがとうございます。エル様もお休みになってください。その間は私が領地を見守ります」
戦うことはできないが、何かあれば報告を受けてエル様を起こすことは可能だ。頬を叩いても起こしますよ、と拳を握った。
「姫様、頬を叩く際は平手になさってください」
そっとアドバイスをもらい、慌てて拳を解いた。二人のやりとりを見て、エル様が声を立てて笑う。
「少し休むから、寄り添ってくれないか? 侍女と一緒に」
「はいっ!」
これって相思相愛の婚約者みたいだわ。嬉しくなり、ベッドに横になったエル様の手を握った。目を閉じるエル様の顔は整っていて、見惚れてしまう。
カーテンを開けず薄暗い部屋で、私は眠るエル様を見ていた。クロエが隣に控え、少しだけ扉を開けた部屋で……。もう婚約者なのだし、扉を閉めてもいいんじゃないかしら。そんなことを考えながら、握った手を拝むようにうとうとと船を漕いだ。
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