42.疲れからの微熱

 迎えに来たエル様に抱っこされ退場する。いろいろあったせいか、微熱で怠かった。クロエが気がついて、セリアがエル様を呼んでくれた。この辺りは前回に続き、モンターニュ出身の侍女が本領発揮だわ。


 クロエは優秀だけど、この国の王宮内を自由に歩けるほど覚えていないと思う。役割分担した侍女の手当てで、ドレスを脱いで着替えをした。すぐに額へ冷たいタオルが乗せられ、飲み水も用意される。


 暑くないかと問われたけれど、熱いだけね。熱が出て赤い頬をしているため、すごく心配させたみたい。事件が起きたし、移動や慣れない環境で疲れただけだと思うわ。昔もはしゃぎすぎて熱が出たもの。


「お医者様も心配ないと仰られたので、安静になさってください」


 ゆっくり休めと言われれば、残念な気持ちと嬉しさが半分ずつ。眠いから目を閉じて、静かに呼吸を数えた。用意された人形を抱いて、横向きに眠る。手足を丸めて寝るのも好きだけど、今日は熱いからやめた。


 ひやっと冷たい手が額に触れる。ぼんやり開いた目に、黒髪が映った。たぶん、エル様だ。へにゃりと顔が笑み崩れた。


「エル、さま? だーいすき」


 呟いてまた目を閉じる。冷たい手は離れてまた触れた。心地よくて、安心できて、私はうたた寝状態で覚醒と睡眠を繰り返した。ふわふわ浮いているような、不思議な感じだ。時間の感覚があまりなくて、起きて周囲を見回した。


 カーテンが降りているなら、夜? お腹が空いていないので、再び目を閉じた。さすがにもう眠くない。ゆっくり身を起こしたら、何かが手に触れた。誰かの、手……その先を視線で辿ったら、エル様がいる。


 どきっとした。眠っているのかしら、動かない。ベッドの反対側からコップが差し出された。クロエだわ。一口ずつ時間をかけて水を飲んでいたら、エル様も起きたみたい。


「っ、アン。体調はどうだ? まだ熱いか」


「いいえ。ありがとうございます」


 寝たおかげですっきりしている。それに多分だけど、エル様が額を冷やしてくれたので、熱も退散したようね。戦上手で有名なモンターニュの王弟殿下だもの。微熱相手でも勝てちゃうのかも。


「予定では明日、王都の屋敷に引き上げる予定だが……あと一泊することになった」


「わかりました」


「お土産を買うのは明後日だな」


 先の約束をくれる優しさに、笑顔が浮かぶ。いろんなお店に寄って、留守番をしている侍女のコレットにお菓子を。それから同行した彼女達にも何かあげたいわ。


 砦に戻ってお菓子を作りたいから、その材料も買わなくちゃ。道具はあるか確認して、何より大切なのが王妃殿下にレシピをいただくの。あれこれと欲張った話をしていたら、エル様が肩をすくめた。


「先に夕食にしよう。お腹が空く頃じゃないか?」


 さっきは平気だったのに、お腹が空いてきた。お部屋を移動するのかと思ったら、ここへお料理が運ばれる。着替えなくて済んだわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る