34.国を守る意味 ***SIDEディオン
「あの子は大丈夫だろうか」
「最低限のマナーは教えましたが……心配だわ」
不安を口にする両親に、僕は何度目か分からない言葉を口にする。
「アンは賢く可愛い子ですよ。フェルナン王弟殿下のデレデレした顔を見れば、問題ないと分かるでしょう」
あれは絶対に惚れている。末妹は本当に愛らしい子で、素直で純粋だ。僕らが心配すべきは、政略結婚で嫁ぐ妹ではなく、そこまでして守る領土の方だろう。そのためにあの子は見知らぬ国へ向かったのだから。結婚できる十六歳まで時間がある。もっと手許で甘やかしてやりたかった。
考えることは誰もが同じで、しかし違う未来は選べなかった。アルドワンは農業に特化し、穏やかで礼儀正しい民が暮らす国だ。他国との戦争になれば、すぐ占領されてしまう。古い血筋以外に誇るべき能力がない我が国は、周辺国の温情で生き延びてきた。
カトリーヌはヘンネフェルト王国の第二王子妃となるため、来年には旅立つ。彼女の結婚式が終わり、数年でアンジェルも嫁ぎ先が決まると思っていた。それが今回の騒動で、我が国は末姫アンジェルをモンターニュ国へ売り渡し、安全を買うことになったのだ。
「でもディオン!」
「母上、いい加減にしてください。まだ婚約段階です、本当に無理なら取り戻せる」
そうねと納得する母には悪いが、すでに対価は受け取っている。モンターニュ王弟は抜け目ない男のようで、すでに牽制用の軍を国境に展開した。その数は、とても我がアルドワンでは退けられないほど。
このまま乗っ取られる心配をした方がいい状況だと、気づいていないのか。まあ、アンジェルにベタ惚れの様子からして、彼女が泣いて頼めば引いてくれるだろう。あの子が泣くだけで、アルドワン王国の運命が決まる。そう置き換えたら、傾国の美女なんだが……。
脳裏に浮かぶのは、天使のように無垢で愛らしい笑顔だった。国民を戦いから守る、まさに天使だな。外交官の交渉手腕もさることながら、アンジェルの影響は大きい。もし王弟フェルナンが冷たい目であの子を見るなら、何としても抵抗しようと考えていた。
見上げた窓の外は明るい空、この続く先でアンジェルは幸せでいるだろうか。笑えているか? この国は僕達が守るから、お前は自由に生きなさい。無理なら戻ってくればいい。今度こそ、僕が必ず守るから。
「あら、何を深刻な顔で……折角天気がいいのですから、手伝ってください」
居間へ顔を見せたカトリーヌに呼ばれ、アンジェルの荷造りを手伝う。ドレスを手にしては涙ぐむ父母は役に立たず、結局カトリーヌと僕で仕訳けた。さすがに下着はカトリーヌに任せたが……宝飾品の箱に、こっそり金貨と手紙を忍ばせる。
緊急時に売れば役立つはずだ。ルドワイヤン帝国が遺した金貨は純度が高く、どの国でも高額の値がついた。数少ない遺産を箱の底に押し込み、僕は何食わぬ顔で封印を施す。そのまま木箱へ詰めるよう指示した。
いざという時、助けを求める家族を守れるように。彼女らが逃げ込める場所を残すため、僕は立派な王になろう。
「お兄様、浸ってないで手伝って!! お父様もお母様も役に立たないんだから! もうっ!!」
カトリーヌの叱責に、苦笑いして作業に戻った。
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