35.善意で申し上げておりますの
大皿料理での晩餐は、私を家族と認めてくれた証拠よ。王妃殿下もそう口にしたし、国王陛下も否定しなかった。なのに、どうして私は絡まれているのかしら。
「お判りかしら、私は善意で申し上げておりますのよ」
「申し訳ないけれど、さっぱり理解できないわ」
後ろのクロエの顔が恐ろしいことになっていそう。お散歩に出ただけなのに、王宮内で絡まれるなんて想像もしなかった。晩餐の翌朝、よく晴れた王宮の庭は鮮やかな花々が彩る。朝露が消える前に、と大急ぎで支度をした。
クロエとセリアを連れて庭へ降り立つ。昨夜は国王陛下がエル様とお酒を飲んだの。その間に私は王妃殿下と仲良くなった。少しブランデーを垂らしたお茶は、香りが良くて苦みがあって大人の味だったわ。楽しんでから部屋に戻り、人形なしで眠る。
いつもなら寂しいと思うのに、お酒が入ったお茶を飲んだせいか。ぽかぽかと体が温かくてよく眠れた。そういえば、冬にお酒とスパイスを混ぜたミルクを飲んだ時と同じかも。すっきり目覚めた私が庭に下りた直後、彼女は目の前に立ち塞がったのだ。
焦げ茶の髪に黒い瞳、顔立ちは華やかな貴族令嬢だ。じっくり観察した私の感想は、場違いな服装ね……だった。王宮に相応しくないかと問われたら、相応しい高価な絹とデザインだと思う。ただ、これは夜会の場合なら、の前置きがついた。
他国の来賓があれば、王女として夜会に参加してきた。年齢が幼いから顔見せだけですぐに休むけれど。どんな服装や振る舞いが相応しいか、は叩きこまれている。ましてや他国に嫁ぐと決まってからは、必死で覚えたわ。
午前中は首元やデコルテをレースや布で覆うデザインが好まれる。肩も出さない方がいい。上着を羽織るのも嗜みの一つね。肘の辺りまでは覆って隠し、暑い季節ならレースの上着に変更する。それでも肘から肩まで隠すのがマナーだった。
手首から先は手袋をする。今の私はレースの手首丈の手袋、首まできっちり隠すワンピースドレスで、裾はやや短めだった。内側にレースの飾りがついたスカートを重ねて、色や質感の違いを出した。もちろん肘を覆う長さの袖がついたワンピースだ。ツバの広い帽子も被っていた。
向かいの女性は真逆だった。きつい巻き毛の先をくるくると指先で弄る。その手に手袋はなかった。肩まで大胆に見せる赤いドレスは、エンパイア風で胸の下からすとんと落ちている。胸元はやや開いて谷間を見せるデザインで、ショールすら羽織っていなかった。
「姫様」
「私がお相手するわ」
前に出て苦言を呈しようとした侍女クロエを止める。その間にセリアはさっと姿を消した。きっと誰かを呼んでくれるはずよ。それまで私がお相手しましょう。
「なぜ善意で、私がエル様と引き離されなくてはいけないのかしら」
突然名乗りも挨拶も省いて突きつけられた言葉に、疑問ですらない言葉を返した。善意だというけれど、これは国同士の決め事。外交が絡む話に、一人の女性が異議を唱えたとて無視される。何より、見せつける大きな胸が気に入らないわ!
私だって、あと数年したら大きくなるんですからね。殿方に揉んでいただくと育つと聞いたことがあるから、エル様にお願いする予定よ。あなたになんて負けないんだから!
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