終章

50.リスルディア

「なんだか長かったねぇ、ここまで。時間にしたらほんの数日のはずなのに」


 静かな山道に、隣を歩くミェルさんの声が響いた。


「ですね。……でも、それももう終わります」


 緩やかな傾斜だったが、ミェルさんは私を気遣って手を引いてくれた。


「上手く行けば、だがね」


「それを上手く行かせるのがミェルさんでしょ?」


「違いないね」


 そのまま少し歩いていくと、木々の遠く向こうに薄らと建造物のような物が見える。あれがリスルディアの西門なんだろう。


「さて。手筈通りプレジールを呼ぶとしよう」


 胸元のペンダントを揺らし、軽く彼女が魔力を込める。花の香りが辺りに立ち込め、呼びかけに応じたプレジールさんが姿を現した。


 ――昨日の準備期間を終え、遂に作戦決行の日を迎えた。プランでは、まずここでプレジールさんに幻影を掛けてもらい、ミェルさんの身体強化魔術で門まで一気に移動する。


『あ、あ〜。よし、繋がった……二人とも、準備はいいかしら』


 前置きもなく、プレジールさんがその手をかざす。


「もちろん。とびきりのヤツを頼むよ」


「お願いします!」


 私たちの返答に頷いて彼女は手を大きく横なぎに振る。

 一瞬視界が眩んで、すぐに元に戻った。


「我らが主に従い、魔を払い除こう……どうだい、私の演技力は」


 リスルディアの信徒姿に変貌したミェルさんは、胸の前で腕を組んで仰々しく呟いた。

 顔も声も背丈も全てが別人になっていて、パッと見で正体を見抜くことなんてできないレベルだ。


『及第点ね……よく聞いて頂戴』


 咳払いを挟んでプレジールさんが口を開く。


『かなりの量魔力と贄を注ぎ込んではみたけれど、もっても二時間程度よ……急ぎなさい』


「了解。ああそうだ、プレジール」


 背を向けようとして途中で止まったミェルさんは、そのままプレジールさんに向き直る。


「ありがとう。世話になった」


 一瞬目を見開いたプレジールさんは、すぐに長い髪を手繰り寄せて顔を隠すように覆って俯く。


『……まだ始まってすらいないでしょう。感謝なんていいから、とにかく行きなさい』


「ああ。行こうか月音ちゃん」


「ふふ……はい」


 なんだかんだ感謝を欠かさない人だなと思っていると、ガッとミェルさんに身体を担がれ、そのまま彼女は月下花を贄に捧げて身体強化魔術を発動し始めてしまった。


「ちょっ、そんな急に」


「つべこべ言わない。……さ、向かうぞ」


 ――言うなり、ミェルさんは思い切り走り出してしまった。


「プレジールさ〜んっ!ありがとうございました〜!」


 どんどん小さくなっていくプレジールさんに向けて届くよう声を張り上げて、私とミェルさんは森の中を高速で走り抜けていく。


 振り落とされないようにしっかり掴まりながら、トリステスの方へと目を凝らす。

 不気味なまでに白い巨大な外壁と門が、自然に囲まれた風景とミスマッチでなんとも不気味だ。


「月音ちゃん、随分慣れてきたじゃないか」


「え?」


「トリステスの時は担がれてから散々喚いてたのに。今じゃ景色を眺める余裕まで生まれたとは」


 言われてみれば……すっかりこんな体験にも慣れてしまった。度胸は身についたと自分でも感じる。


「誰かさんのおかげですね」


「誰だろうな……っと!」


 ミェルさんが勢いよく跳躍すると、いつの間にか遠く見えていたはずの門がかなり近づいて来ている。……その周りの異様な光景も、同時に目に飛び込んできた。


「ミェルさん、あれ!」


 急ブレーキをかけるように踏ん張って、ミェルさんは即座に私を連れて木蔭へと身を隠す。


「おいおいおい……冗談じゃないぞ」


 ――門の周囲には、武装したリスルディアの信徒の集団。返り血に染まった彼らが運んでいたのは、夥しい数の人の死体だった。

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月と魔女と異世界と カラスウリ @Karasu_

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