4.真相

「…………………………」


「…………………………」


 やっぱりだ。

 この魔女が善良の側であるはずがない。


「……私をここに拉致したのは、あなたなんじゃないですか」


「拉致だなんて物騒な!あ、いや、まぁ拉致といえば拉致だし誘拐といえば誘拐……。に当たるかもしれないがね!?」


 元々不安定気味なミェルさんの情緒は、私が指摘を始めてからさらに乱高下を繰り返す。


「全部話してください。あなたが知ってること」


 そうなると、物理的にはともかく精神的には優位に立ったと見て間違いない。無論、目の前の人間は『魔女』その人で、実力行使に出られたら私みたいな小娘は為す術は無いだろう。


 どの道私には、もう追及する他選択肢など無かった。


「ぅ……」


 苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せた彼女は、間を空けて口を開いた。


「――君がこの世界に誘われたのは、この私が原因だよ」


 そう言うなり、一際分厚く物々しい黒革の本を取り出して、私との間にあるテーブルに広げた。


「私は完成させたんだよ。百年余りの年月を掛けて、別世界から人間を引き寄せる方法を!そしてこれが研究を纏めた、まさしく『聖典』だ!」


「ひゃく……!?」


 とても老婆には見えないし、やっぱりこの人が犯人だし、見せられた本には所狭しと乱雑な文字が敷き詰められているし。


 目眩がしそうなほどの情報の渦。

 しかし確かなのは、目の前の魔女は誘拐犯であり、私の日常を奪った張本人であるということ。


「君の存在は、いわば私の百年の『成果』であり『証明』なんだよ!!」


 抑えていた感情が堰を切ったように昂りだし、高揚の一言で片付けられないほど盛り上がるミェルさん。


 負けじと私も主張し返す。


「全部あなたが悪いんですね!!単刀直入に言います。元の世界に返して下さい」


 満面の笑顔だった彼女の顔は、複雑に歪んで途端にしおらしくなる。

 ひょっとして、ひょっとしてだけど。

 ――無理矢理私を呼び出したことに、罪悪感を感じてる?


「……すまないっ!!それは出来ない!!!」


 パンッ!!と乾いた音を響かせ、彼女は両手を合わせて頭を下げた。


「ぁ……少し語弊があるな。当面の間は帰せないという意味だ。私とて、百年の成果を何も体感できずみすみす見逃すのは心苦しい」


「それはあなたの事情でしょ!私には私の生活があるんです!」


 反射的に声を荒らげていた。


 この人の研究の為だけに、私は家族とも、友達とも、日常からも引き剥がされた。


「……付け加えると、私情関係なく君はすぐには帰れないんだよ」


「どういうことですか!?詳しいことは分かりませんけど、呼び寄せた以上その反対も出来るんじゃないんですか??」


「材料だ。なんの贄も無しに、異世界転移の魔術は扱えない」


 私を手招いて小物が散らかった研究テーブルに向かった彼女。


「今から君に、魔術の原理を簡単に教えるよ」


「手短にお願いしますよ。私、待てませんから」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る