40.村長
村の喧騒と打って変わって、静寂に包まれた屋敷の中に四人分の足音が響く。
先導するメイドはやや速足でズンズン進むため、ついていくのに苦労した。
「それにしても、かなり豪奢じゃないか。さぞ有力な魔女なんだろうね」
「……」
メイドはミェルさんの言動に一切反応を見せない。不必要なことは一切行う気はないのだろう。
それはそれで人間味がないようで少し怖くなる。
「こちらです。……村長、失礼します。お客人をお連れしました」
長い二階の廊下の最奥の、美しい装飾に彩られた扉をメイドが軽く叩く。
数瞬の間。
「どうぞ。お入りなさい」
その後に、透き通った女性の声が扉の向こうから聞こえてきた。
聡明そうで、尚且つ芯の強そうな印象を一声で植え付けるような、そんな声。
「では、私はこれで」
メイドが下がり、スリールが代わりに扉の前に立つ。
「失礼しまーす!!」
意気揚々と物怖じすることなくその扉を開き、ためらいなく部屋へと入っていく。慌ててミェルさんと共に後を追った。
「……!!」
――部屋に入った刹那、明らかに
外界とは異質な、静謐で厳かで、どこか神秘的にすらも思えてしまうような空間。
「こんにちは村長!!」
スリールが声を掛けた先、本棚に左右を囲まれた部屋の奥にその人物は居た。
このただならぬ雰囲気を作り出している張本人にして、この村ルぺルクスを統べる村長。
「……ええ、こんにちはスリール。お客人方もこんにちは。はるばるようこそ、ルぺルクスへ」
書類の積まれた机から離れてゆっくりとこちらに歩み寄り、村長はにこやかに微笑んだ。
長く艶やかな深紅の髪を編み込んで束ね、黒いニットのワンピースを纏った、麗しく端正な容姿の落ち着いた女性。
「初めまして村長。私はミェール・ウィッチ・ラヴェリエスタ。こちらは故あって私と旅をしている烏丸月音ちゃんだ」
「初めまして。よろしくお願いします」
ミェルさんの紹介にぺこりと頭を下げる。
……その寸前。村長の表情がほんの僅かに変わったのを、私は見逃さなかった。異邦人である私に驚いたのか。否、どちらかと言えばミェルさんの方に反応していたかのような。
「どうぞよろしく。私はロゼミナ・ヴァンクロード……知っての通り、ここの村長よ」
ロゼミナと名乗った彼女は、向かい合うよう設置された部屋中央のソファの片側に私達を座るよう促す。
「ああ、スリール。申し訳ないけど席を外してくれるかしら?お客人と大事な話があるの。……ここまでありがとうね」
「村長がそういうなら……分かりました!お二人とも、ゆっくりしていってくださいね」
そういってスリールは、パタパタと部屋を後にした。
一方で早々にスリールを帰らせたロゼミナさんは、私たちの向かいのソファに腰かけ、部屋の隅の棚に向かって指で空をなぞるような動作をする。
するとひとりでに棚から二人分のティーカップが小ぶりなお皿に乗せられて現れ、同じく机の上のポッドが動いてその中にお茶を注ぎ、私たちの前へと運ばれる。
……間違いない。スリールの言った通り彼女は魔女だ。
目の前のカップから立ち上る湯気と共に深みのある上品な香りを感じられ、それだけで頭がスッキリと晴れていくような心地になった。
「さて。お疲れのところ悪いのだけど、色々と聞かなくちゃいけないことがあるわ」
「なんでもどうぞ。偽りなく答えることを約束する」
背筋を正してロザミナさんを見据え、飛んでくるであろう質問に覚悟した。
全くの部外者をいきなり村に滞在させるんだ、それなりに厳しく聞かれるのだろうと思っていた……が、ロゼミナさんの最初の質問は予想の斜め上で、それでいて衝撃的なものだった。
「グレイス・ウィッチ・ラヴェリエスタ……この名前に覚えはないかしら」
その一言に、反射的にミェルさんが目を見開いた。
「……どうして、私の母親の名を知っている」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます