24.門出
「良い風……」
朝焼けの空から注ぐオレンジ色の陽光が、一面の花畑を優しく照らす。涼やかな風が花の匂いを巻き込んで控えめに吹いた。
「おはよう、良く眠れたかい?」
「ミェルさん。おはようございます、お陰様でぐっすりですよ」
軽く挨拶を交わして、二人で静かに朝日を浴びた。
――昨晩、結局私はプレジールさんの提案を断って、ミェルさんと共に小国トリステスへと向かう事を選んだ。自分の覚悟と、自分の役割。それら全てをプレジールさんへは伝えた。あとはここを発って、トリステスへと向かうのみ。
「昨晩、プレジールとは……何を話していたんだい」
ぽつりとミェルさんが口を開く。
「ミェルさんは頼りないから、私が責任を持って守りますと話してきました」
「ははっ……君が言うと冗談か本気か分からないな」
私の軽口を穏やかな笑みのまま受け流して、目を細めて朝日を眺めるミェルさんは、昨日よりも余裕ありげに見える。一晩経って、彼女なりに心の整理がついたんだろうか。
……なんて彼女の横顔を眺めていると、玄関の扉が静かに開いた。
「おはよう、二人とも……準備ができたのね」
ゆっくりとプレジールさんが私達に歩み寄り、近くに腰を下ろす。その声色は昨晩私の身を案じてくれていた時の震えがちなものではなく、いつもの落ち着いた抑揚のないトーンのままだった。プレジールさんもまた、送り出すための準備と、私たちの行く末を見届ける覚悟ができたんだろう。
「ああ。すまなかったねプレジール。急に押し掛けた上、色々とお世話になってしまって」
しおらしく俯きがちに詫びるミェルさんに、少し表情を緩めた後、淡々とプレジールさんは切り返す。
「いいわ……ここしばらくは人と直接会う機会もなかったし。それに……」
不意にプレジールさんがこちらに視線を流す。
「月音にも出会えたから」
微笑んで、慈愛に満ちた表情を浮かべる彼女に胸がいっぱいになる。
異邦人である私にここまで親身にしてもらって感謝しかない。
「さて。ミェル、餞別にこれを渡しておくわ……」
そう言ってプレジールさんは、小さな掌からペンダントを垂らし、ミェルさんの首へとくぐらせた。
「……っと、月音ちゃんじゃなくて私にプレゼントかい?」
「あなたじゃないと使えないものだから。それはドライフラワーペンダント……魔力を少量込めれば、内部の花が反応して月水晶の在処が探知できるわ……魔力探知が苦手なあなたにはうってつけでしょ」
「プレジール……。本当に恩に着るよ、君が居てくれて良かった」
少し照れたように目を逸らしたプレジールさんは、仕切り直しと言わんばかりに勢いよく立ち上がり、一つ咳払い。
「こほん。その代わりミェル、月音を絶対に元いた世界に帰しなさい……約束よ」
「ふっ……もちろんだとも、この天才魔女にお任せあれ」
いつもの調子で不敵に笑顔を浮かべ、意を決したようにゆっくりと立ち上がる。――出発するんだ。
ふぅ、と一息ついて私も彼女に続く。私たちの旅立ちを祝福するかのように、清々しいまでに晴れた空がよく見える。
誰が言うでもなく、花畑の出口へと歩いていく。花が擦れる音、風が吹く音、私の足音だけが静かな花畑に響いていく。
「……行くのね」
「ああ。また会おう、プレジール」
ポツリと、そうプレジールさんが呟く。少しだけミェルさんが振り返り、帽子のツバを摘んで目深に被る。
「お世話になりました、プレジールさん」
プレジールさんに向き直り、深々と頭を下げる。長いセリフは今更必要ない。
「……私、生きて帰ります」
そう告げて、ミェルさんの後に続いていく。
最後に耳元に届いた「行ってらっしゃい」という優しくか細い声と共に、私は花畑を後にした。
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