7.晩餐
「……と、言う訳で。必然的に君にはこの家に住んでもらうことになる。異存はないね?」
先程までのシリアスな雰囲気から一転、ミェルさんはにこやかに微笑みかけてきた。
出会ってからずっと思ってたけど、『魔女』なんて肩書きに反して、この人はフランク過ぎではなかろうか。
妙に軽々しいというか、掴みどころがないというか……。
「はい、よろしくお願いします」
こうなった以上は仕方がない。今は彼女の言うことに従わなければ居場所がないのだから。
「こちらこそ〜、そろそろお腹も空いたし、とりあえず夕食にしようじゃないか」
夕食。その言葉に腹の虫が返事をする。
朝から何も食べずに歩き通しだった私のお腹は、とりあえずひと段落した現状に安堵し何か食わせろと催促している。
………のだが。
「あの〜……夕食、なんですよね?」
「え、そうだが。もしかして肉親の料理以外食べない主義かね?」
「いや、そういう訳ではなく……」
厨房に立ったミェルさんは、これから魔術の実験を始めても何ら違和感のない材料……見た事のない毒々しいキノコや、正体不明の……動物の肉?らしき物を着々と用意し始めた。
「いやぁ、誰かのために料理するなんて何十年ぶりだろうねぇ……魔女の絶技を堪能させてあげよう」
ひっひっひっ、と不気味に口の端を歪め、料理に取り掛かるミェルさん。
……なんとも不安だ。
テーブル席に着きながら、キッチンを観察してみる。
一応、この世界にも塩や胡椒らしき調味料はあるらしい。
何やら既に下準備は済ませてある様子。
食材には不安しかないが、キッチン周りは綺麗に整頓されていて衛生面は問題はない様子だった。
「あ、待ってる間暇だろうし、適当に見て回っていいよ〜」
料理の片手間にチラリとこちらを振り返る彼女。
これはつまり、部屋探索の許可が出たわけだ。
「は〜い」と返事し、誘拐魔女の家を改めて見渡してみる。
しかしこうして見ると、ほんとに海外のおとぎ話のような世界観のお部屋だ。
夕暮れの日差しが窓から注ぎ、本棚の山と試験管を赤く染め上げる。
ふと、テーブルの上のミェルさんが『聖典』なんて呼んでいた分厚い本が目に止まる。本棚に戻しておいてあげる……前に、ちょっとだけ興味本位でページを捲ってみた。
走り書きのような文字がところ狭しにぎっしりと並んでいる。読めないことはないが、本人以外だと解読に苦労しそうだ。
……それにしても凄い文量とページだ。
私をさらったことは許せないけど、長い間1人で研究し続けた根気と執念は認めざるを得ない。
長い間……。
なんで、そんなに時間を掛けてまでこの魔術の研究をしていたんだろう?
どこにその答えがあるかもしれない。そう思って夢中でページをめくり、詰められた文字に目を落とす。
「お〜い月音ちゃん!できたぞできたぞ〜!」
しばらく探したが結局、タイムリミットが来た。
……こうなった以上、本人に直接聞くしかない。
「それそれ〜、これでヨシ。さぁ早くきたまえ」
魔術を駆使して配膳を終えた彼女に急かされ、食卓を囲む。
テーブルの上の料理に、私は圧倒された。
鮮やかな紫色のキノコとお肉が盛り付けられた、クリーム色のシチュー……?でいいのかな。
「ささ、遠慮なく遠慮なく」
「い、いただきます……」
恐る恐る1口すくい、口に放る。
「……!?お〜、え、なんかこの……え!??」
……食べたことがない味だった。
なんと言い表して良いか分からないが、美味しい。お肉は柔らかく舌の上で解け、あれだけ不気味だったキノコは料理全体のバランスをそのエキスで引き締め整えていた。
「お、美味しい……!?」
「なんで疑問符が付く??私の料理の腕、信頼してなかったのかい」
「いやまぁ、誘拐してる時点で信頼もなにもないんですけど。……料理はすごく美味しいです」
罰が悪そうな顔になりながら、でも褒められて嬉しげな食事を始めるミェルさん。忙しい人だな。
「あ、ねぇミェルさん、答えてもらいたいことがあるんですけど」
「なんだい藪から棒に」
頃合いと見た私は、先程の疑問をぶつけてみることにした。
「ミェルさんは転移魔術で何を企んでるんですか?」
一瞬の沈黙。
言葉を選ぶように間を空けて、彼女は一言。
「……私自身の『転移』のため」
目にかかった銀髪を指先で払い除け、不気味なまでに赤い眼で真っ直ぐこっちを見据えてくる。
「え……?」
その圧に押されて言葉が詰まる。
「君の居た世界に私も行く。それが転移魔術で成し遂げたい絶対の目標だ」
「なんの、ために……?」
途端に重苦しくなった空気は、表情を緩めたミェルさんによって緩和した。
「私にとっての未知の新天地で研究するため……まぁ詳しい話は長くなるけどね」
「ちょっと頭が追いついてないんですけど」
「とにかく、転移魔術を研究した目的としてはそういうことで。他にも聞きたがってたことあったんじゃないの?」
サラっととんでもないことを言う人だ……私の世界に来るのが目的?魔女の考えることは理解できない。衝撃すぎて、思うように踏み込むことができない。
「あ、あの……じゃあ、言葉が通じてるのはなんでですか?私達、違う世界の存在なのに」
「ああ、なんだそんなこと。……それはね」
いつの間にかほとんど食べ終わりかけていたシチューをすくい、彼女は口を開いた。
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