45.朝涼

チュンチュンと子鳥のさえずりが辺りに響く。

 足元の芝の朝露がキラキラと太陽の光を反射して、何とも幻想的な光景だ。


 ――昨晩、プレジールさんと再会した。彼女の言いつけ通りロゼミナさんに話を通して、今日の昼から本格的に作戦会議をする予定。


 それまでまだ時間があるため、ロゼミナさんの屋敷の庭でひとまず朝風を浴びていた。


 どうやら一般の村人にも開放しているらしく、遊び回る子供たちや庭師と話している村人の姿が遠目に見える。


「なーにしてるんですかっ」


 その様子を遠目から眺めていると、私の視界の端に栗色の髪が揺れた。


「あ、スリールさん。おはようございます、皆さん楽しそうにされてるなぁって」


「毎日楽しいですよ!月音さんもいらっしゃいます?きっとみんな歓迎してくれますよ」


 純粋無垢な笑顔のまま、私の隣に並んだスリールさんが無邪気に笑いかけてくる。

 そういえば、この子には詳しく私の事情を伝えていなかった。


 もし私がこの世界の生まれだとしたら、この提案はどれほど魅力的だったろう。

 リスルディアが手を出しづらく、十分な広さの土地と村長による加護。村人たちの生き生きとした様子がこの村の安全性を物語っている。


 それでも答えは決まっていた。


「嬉しい提案ですね。でも、私には帰る場所があって」


「どこの出身でしたっけ、月音さん」


「うーん、なんと言うか……私そもそもこの世界の住人じゃないんです」


 案の定、その言葉を聞いたスリールさんはポカンとした顔で首を傾げた。どう説明するべきかな……。


「異世界ってやつですか……?そういう絵本ならちっちゃい頃に読んだことありますけど。ひょっとしておとぎ話から出てきた、とか!?」


 少し放っておいたらとんでもない早とちりに発展してしまっていた。発想の飛躍が過ぎる。


「違いますよ!そんなメルヘンなものじゃなくて、あのミェルさんっていう魔女の魔術で呼び出されたんです!」


「ああ!なぁんだ、そういうことでしたか」


 ちょっとガッカリしたような表情に変わるスリールさん。……それはそれでなんかこう、嫌だな。


「魔術の可能性って無限大ですね〜。やっぱり憧れちゃうなぁ」


 そんな私の胸の内はさておいて、どこか遠い目をしたスリールはぼんやりと屋敷に目を向ける。


「スリールさん、魔術に憧れを?」


「村長の背中を見て私は育ってきたので。あの人みたいに、人を守れる魔術を使えるようになりたいって思います」


 真っすぐな瞳の中には、ロゼミナさんへの確かな信頼と尊敬が見て取れる。

 ヴァンクロード家のやってきた「罪滅ぼし」は、着実に実を結んでいるんだ。


「素敵じゃないですか!次期村長はスリールさんかもしれませんね」


「えへへ~、気が早いですよ~!」


 その笑顔に、元の世界の友達の顔が不意に重なった。


 まだこの世界に来てから時間にして数日だけど、同年代の友達と話したのはもうずっと昔のことのように思える。


「……って、どうしました月音さん?私の顔に何かついてます?」


「あ、いえ、その。なんでもないです」


 無意識のうちにまじまじと見つめてしまっていたらしい。

 慌てて私は目を逸らすも、なぜかスリールさんはこちらをジッと見たまま視線を外そうとしない。


「――行きましょっ!」


 そしていきなり私の手を取り、グイッと引っ張って走り出した。


「……は、えっ!?ちょっと待って、どこに!?」


 もつれながらも走り出し、何とかスリールさんに追いていかれないように必死に足を動かす。


「月音さんが寂しそうだったから、元気になってもらおうと思って!」


「答えになってないですよ~!?」


 何が何だかまったくわからないまま、私は村へと連れ出された。

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