46.村娘
「ほら見てください!あそこのお花屋さん綺麗でしょ!あっ、あっちは牧場なんですよ、それからあっちは〜」
「ちょっ……待って、速い……!速いですってぇ!」
スリールさんに手を引かれ、私は村の中を疾走……いや、爆走していた。
彼女はとてつもなく元気だ。有り余る体力をもってして私を目的の場所に連れていこうとしている。
対する私はついていくので精一杯だった。
この世界に来てから、日頃の運動不足を後悔してばっかりだ。
「到着で〜す!」
「はぁ……はぁ……。そ、そうですか……着きましたか……」
その言葉を聞いた直後、たまらず私は地面にへたりこんだ。
もう限界だ……足が言うことを聞かない。
「お疲れ様です。良い走りっぷりでしたよ!」
晴れやかで無邪気な笑顔。
思わず振り回されたことを忘れてしまいそうなほど眩しかった。
「色々言いたいことはありますけど……ありがとうございます」
息を整えてからなんとか立ち上がり、乱れた服を直しながら額の汗を拭う。
「強引だったのは、ほんとにごめんなさい。寂しそうな月音さんを見たら、居てもたってもいられなくなっちゃって」
言いながら前を歩いていったスリールは、目的の建物の玄関口に手をかける。
一階建ての民家のような外見。
入口横の看板に「フランベル」と書かれている。
スリールさんに招かれてその中へ入っていくと――。
「ここは……食堂ですか?」
等間隔に並べられた長机と椅子。
キッチンの前にカウンター席も設けられている。
綺麗に飾られた内装は綺麗で繊細で、まるで穴場の喫茶店のような居心地の良さを感じた。
「ええ!ようこそ食堂フランベルへ!改めまして、看板娘のスリール・フランベルと申します!」
「あ、え、スリールさんのお家!?」
不意打ち過ぎる自己紹介に素っ頓狂な声を上げてしまった。
看板のフランベルとは、そのまま彼女の苗字だった。
つまり日本で言うと、ここは「山田食堂」のようなネーミングになるのだろうか。
「自己紹介の時に言うべきだったかもですね〜、ごめんなさい!……それはともかく、とりあえず月音さんはここにお掛けになってください」
切り替えが早すぎることにはもはやツッコミを入れないとして、色々と頭が追いつかない。
促されるままカウンターの椅子に座ると、キッチンの奥の方から恰幅のよい女性がパタパタと歩いてきた。
「ちょっとスリール?遊びに行く時はそう言ってっていつも……あら」
「あっ、ごめん母さん!」
スリールさんが「母さん」と呼んだその女性は、目を細めて私を見遣る。
「スリール、ひょっとしてこの人があんたの言ってた月音さんかい」
「そうそう!でね、ちょっとお願いがあって」
母親へとなにやら耳打ちしたスリールさんは、話し終えると満面の笑みでキッチンからカウンターへと顔を出した。
「朝食、まだでしたよね。とっておきを作るのでぜひ食べてください!」
「え、いいんですか?ご迷惑なんじゃ」
「スリールと仲良くしてくれてるみたいだし、特別にお代はまけとくよ。村長のお客人でもあるみたいだしね」
そのために私を連れてきてくれたのか。
走ってきたことで余計お腹も空いているし、ここはありがたく好意に甘えることにしよう。
そう思い、私は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。本当に」
「礼儀正しいねぇ、スリールも見習ってくれたらいいのに」
快活に笑いながら手際よく準備に取り掛かる母親と、それに対して文句を言いながら慣れた様子で支度を始めるスリールさん。
そんな二人を微笑ましく眺めていると、ふっと料理をする私の母親の姿がそこに重なったように錯覚した。
――お母さん、心配してるかな。
言葉にできないような寂しさと、一緒に湧き出てきた懐かしさに目の辺りが熱くなり、思わず唇を嚙み締めた。
二人に悟られないように、軽く頭を振って奮い立たせる。
料理ができるまでの間が、とても長く感じられた。
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