18.懇願
「ん……あれ……」
ゆっくりと目を開ける。見知らぬ白い天井。漂う花の香り。そして……間近で見つめてくるミェルさんの顔。
「月音ちゃん……!良かった、無事に起きたか」
心配そうな顔のミェルさんが私の髪を優しく撫で、安心した表情に変わる。
……そこで、今の自分の体勢に気づいた。ミェルさんにソファの上で膝枕をされている。
はっきりとしてきた視界で辺りを軽く見てみると、白を基調として美しく整えられた部屋の中にいた。所々に鮮やかな花が花瓶に入って飾られている。
間違いない。プレジールさんの家の中に、入れてもらえている。
そして私とミェルさんの居るソファから、ローテーブルを挟んで向こう側のソファにプレジールさんがちょこんと座っていた。
「は、はい、なんとか……それより、私どうなってたんですか?」
「ごめんなさい。それに関しては、私から……」
表情こそ変わらないが、すこし申し訳無さげに俯いてプレジールさんが口を開く。
「私の幻影魔術で、あなたに強い幻を見せていたの……いきなり試すような真似をしたことは謝る……でも、おかげであなたが信用出来る人だって分かった……」
さっきまでのは全部幻だったんだ。ひとまず、プレジールさんに認められたのは幸いだ。
「プレジール……君の警戒心の強さは今に始まったことじゃない。ただ、こんな一般人に贄まで使って幻を見せるのはやり過ぎじゃないのかね」
静かな空間にミェルさんの、やや鋭さを含んだ声が響く。飄々としていた今までの彼女とは明らかに違う態度に、膝の上の私も緊張ぜさるを得ない。
「さっき詫びたわ、ミェル……月音には本当に申し訳ないことをした……でもあなたは分かるはずよ、今の世で外部の人間を……安易に信用できないってことは……」
「そうだな、客人の立場で悪かった。万が一『魔女狩り』関連だった場合を考えれば警戒して当然だ」
言葉でこそ非を認めてはいたが、依然としてシリアスな雰囲気のミェルさんに心臓の奥がドキリとする。プレジールさんの方も、内心穏やかじゃないはずだ。ここは私がなんとかしないと……!
「私は大丈夫ですから!ご心配ありがとうございますミェルさん!」
膝枕から飛び起きて、早口にミェルさんを制する。
「そ、そうか……君がそういうなら……」
若干私のテンションの高さに引き気味な気もするが、しょうがない。
「ありがとう月音……優しいのね」
不意打ちのように耳に届いた、今までよりトーンの高い蕩けるような甘い声に違う意味で激しく心臓が跳ねる。
「っ……プレジールさんは悪い人じゃないって、私分かってますから」
平静を装って返事をするも、声が上擦ってしまう。心なしか緩んだプレジールさんの表情があまりにも綺麗で、さらに心臓がうるさく鳴り出した。
――そんな私たちのやり取りを遮るように、ミェルさんが声を上げる。
「君たち……仲良くなってくれるのは結構なんだがね、本題に入らせて貰えるかな」
「あら……ごめんなさい……妬いちゃったかしら?」
プレジールさんの挑発に歯を食いしばって耐えたミェルさんは、その発言を無視して単刀直入に切り込んだ。
「プレジール……君、月水晶を手に入れたと前話していたね」
「ええ……」
「譲ってくれ!!!」
テーブルに額を付け、深々と頭を下げたミェルさん。彼女が他人にこれ程へりくだった態度を取るのを見るのは初めてなので、若干面食らってしまう。
「私の転移魔術や研究成果や過程の資料は全部君に共有する!魔術書も古文書も、私の家の月下花だっていくらでも分けてやる!だから頼む!この通りだ……!」
「お願いします、プレジールさん……!!」
私も隣で頭を下げ、心の底から絞り出すように懇願する。
「…………」
プレジールさんが黙り込み、沈黙がその場を支配した。時間にして数秒、しかし私たちにとっては数時間にも感じられる長い沈黙。
「……ごめんなさい、もう無いわ」
それを破ったのは、淡々としたプレジールさんの一声だった。
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