20.導

「早計過ぎるわ、あなたらしくない……もう少し冷静に考えて」


 敵の本拠地に乗り込み、月水晶を奪取する。あまりにも無謀な彼女の決意に、窘めるようにプレジールさんが反論する。


「私は本気だぞ。じゃないと彼女が……」


「ぜんぶ否定してる訳じゃないの……あなたが月音を元の世界に帰したがっているのは、詳しくは聞いてないけど分かる……だからこそ、今はちゃんと作戦を立てるべき」


 冷静ながら熱の入った彼女の言葉に、ミェルさんが口を噤む。


「そ、そうだな……悪い、二人とも……」


「まったく、さっきまであんなに冷静に思案してそうだったのに……」


 バツが悪そうに謝るミェルさんに、改めて本気で彼女が私を帰そうとしてくれている事実を確認した。責任をちゃんと感じてくれている。……やり方こそ極端だが。


「ありがとうございます、ミェルさん」


 自然と口をついて出た感謝の言葉に、ミェルさんの口元が緩む。


「……君を帰すのは、私の役目だ」


 気を引き締めるような彼女の態度に少しの安心感を覚える。

 ……と、その間にいつの間にかプレジールさんが地図のような物を机の上に広げていた。


「こほん。まずは場所の確認ね……私たちが居るのはここ、森林地帯の中央よ」


 地図の下部、緑色の一帯にプレジールさんが指でトントンと指し示す。


「そしてちょうど北に真っ直ぐ進むと……」


 森林地帯から指が真上の方に上がっていき、一際大きく線で囲われた巨大な国家にスライドした。


「これがリスルディア……想像より大きいですね」


「今や世界を席巻している宗教国家だからねぇ、我々からしたらたまったもんじゃないが」


 当然だけど、私たちの居る森は地図で見ると小さくて、リスルディアの規模感には圧倒される。


「ここからリスルディアまでは……見ての通り、いくつかの小国を挟んでやっと辿り着けるの。陸路しかないわね……」


 ……ふと、疑問が湧いた。

 世界地図、にしてはこの地図少し狭い気がする。縮尺のせいか、スケールがなんとなく私の居た世界の地図よりも小さめだ。


「あの……二人とも、これは世界地図なんですよね」


「……?そうよ?」


 何を当たり前なことを……とでも言いたげなプレジールさんの横で、私の疑問を察したようにミェルさんが口を開く。


「君の居た世界と、やはり違いがあるのかな」


「あ、そうなんです!私の世界はこう……もっと大きかったんですけど」


 ミェルさんがプレジールさんに目線を流すと、少し考えた後に「あっ」とプレジールさんが閃いたように目を見開いた。


「月音は知らなくて当然ね……この世界、三分の二の大陸が人の住める土地じゃなくなったから、地図から消されたの」


「……え??」


 ごく普通のように話されても、こっちの整理が追いつかない。


「大昔の話だよ。魔力を扱う術……魔術が確立されて間もない頃、私利私欲の為に魔術を使用する人間で溢れかえったそうだ」


 溜め息混じりに、どこか遠くを見ながら淡々とミェルさんは語り始める。置いてけぼりだった頭を働かせ、状況を飲み込もうと必死になった。


「で、結果として世界中で大戦争が勃発。多数の魔力がぶつかり合った結果――」


「大気中に飽和した魔力が連鎖的に大爆発……この世界の大半を焼き尽くして、三分の二の土地が生命の生まれない焦土と化してしまった……ということよ」


 一度セリフを奪われた意趣返しのようにミェルさんに代ってプレジールさんが締めた。

 なるほど、そう考えると魔女……もとい魔術を忌み嫌う宗教が発足した理由も分かる気がする。


「なんというか。凄まじい、ですね」


 安直な感想しか出てこなかったがとにかく、それがこの世界の現状なんだ。


「では、改めて……リスルディアに直接行こうとすれば……自ずと周辺の国を通ることになる……既にリスルディア教が侵食しきってると見て間違いないわ……」


「もどかしいねぇ、どちらにせよ安全なルートは無いのか」


 リスルディアの影響力を考えれば、小国は既に思想を取り込まれている可能性は高い。回り道や海路のような裏道が無い以上、小国を通りに抜けて到達するという危ない橋を渡らざるを得ない。


「ところで、ミェル……さっきあなたに遮られて伝えられなかったことがあるの」


「なんだい?」


「リスルディアの方から月水晶の反応が出ているのは確か…でもね」


 そこで一旦言葉を区切り、プレジールさんの人形のような細い指がリスルディアから下へと動く。


「そのにもひとつ反応があるの……まずはここから当たるのが定石ではないかしら」

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