33.夜想
明かされたミェルさんの凄惨な過去。
せめて私が慰めて、頑張りを認めてあげようと優しく頭を撫でる。
「……お、おい。もういいだろう。撫ですぎだよ」
「あ、すみません。癖になる撫で心地だったものでつい」
彼女の銀髪は、触ってみるとふんわり柔らかく、それでいて予想外の方向に髪の毛たちがハネているので独特な心地よさがあった。途中からは半分夢中になっていた気がする。危ない危ない。
「しかしまあ、撫でられると安心するというのは本当だな。こんな感覚忘れていた……それこそ最後に撫でられたのなんて、母が生きていた時だったから……実に百数十年ぶりだよ」
「そう、ですよね……私でよければいつでも言ってください、撫でますから」
少しでも私で役に立てれば、できる限りのことをしてあげたい。私をこんな世界に招いたのは確かに彼女だが、私も割り切ってここまで来たじゃないか。……と思ったところでひとつ、引っかかる点があった。
今の百何年ぶりという発言もそうだが、この人はなんでこんなに長寿なんだろう。当然魔女だからだろうけど……そもそも魔女って何なんだろう。
「……ちょっと待ってください、失礼ですがミェルさんっておいくつでしたっけ?」
「ん……多分、百八十とかだったかな。ここ最近は数えてなかったから曖昧だが」
「なんで魔女ってそんなに寿命が長いんです?というかそもそも、魔女について私、まだ全然知らないことが多いんですけど」
そういえば話したことなかったね、と前置きして、彼女は私に向き直った。
「魔女……月から得た魔力を操り、様々な事象を引き起こす者のことだが、自然に発生するわけじゃない。後天的に魔女に”成る”んだ」
「魔女の子だからイコール魔女、というわけじゃないんですね」
肯定したミェルさんは軽く髪をかき上げ、窓から差した月明りに目を向ける。
「魔術を扱う才能自体は遺伝するがね。さて、肝心な魔女になる方法なわけだが」
私の興味を煽るように、もったいぶったような口調で月を指し示した。
ゆらりと妖しく銀髪が揺れる。
「満月の夜。最も月が姿を見せた時――
「……え?」
つまり……自ら一度命を絶つ必要がある?いくら何でも、正気の沙汰とは思えない。
「ま、他にもいろいろ下準備はあるがね。重要なのは人としての自分を捨て、魔を受け入れること。成功すれば多大な魔力が体に流れ込み、命の代わりとして機能する。人の理を超えた魔女の誕生だ。我々魔女はこれを”魔降ろしの儀”なんて呼んでいるが」
さらっととんでもないこと言う彼女。常識が通じない世界なのはいやというほど理解してはいるが、そう易々と飲み込むことは私にはまだできない。
「魔女が長寿なのはそのせいだ。人の枠を超えてしまっているからね。……ただ、逆に言えば魔力に依存する形で生きることになる。当然だが、肉体の魔力を使い切れば私は即死するということだねぇ。普段私が戦闘でバカスカ魔術を使わないのもそれが理由だ」
「あー……わかるようなわからないような……。えっと、ミェルさんも当然儀式をしたから、一度亡くなったんですよね?怖くなかったんですか?」
軽妙に語っていた彼女の口が閉じ、床へと視線を落とす。
それは言葉を選んでいるようで、同時に自分の過去を見つめ直しているような。そして不意に、ふっと彼女の口角が上がる。
「そりゃあもう怖かったさ!!もし手順が間違っていたら?蘇ることができなかったら?……そう思うと震えが止まらなかった。――けどね」
私へと再び視線を向ける。
深紅の瞳は心底愉快そうで、同時に……魔女としての狂気を確かに孕んでいて。
「魔術に救われ魔術に生かされてきた半生。いつしか私にとっての生命線は何よりも興味深く、恋焦がれる対象に変わっていた!」
迫力に押され、少したじろぐ。お構いなしに彼女は私の眼前に迫り、ニヤリと端正な顔を歪める。
「両親に救われた命で危ない橋を渡るなんて、と思ったろう。……救ってもらったからこそだ、だから私は自分の人生を意のままに生きる。こんな息苦しい世界なんて逃げ出してやるとも」
「ふふっ……ちゃんとミェルさんだ」
「おや、意外だな」
――自分でも不思議だった。自然と私の口から出た言葉。まるで、彼女らしい言動に安心したかのような。
「あれ、ご、ごめんなさい!笑うつもりは……」
「……それっ!!」
咄嗟に謝ろうとした私の目の前がいきなり真っ白なものに覆われる。――布団だ。
それと同時にぼふんっとベッドに倒された。
「もご……っ!!」
やっぱり怒ったのかもしれない。そう思い、急いで布団をどかして顔を出すと……ミェルさんが目の前で横になっていた。まるで添い寝でもするかのような体勢で。
「嬉しいよ、私のことをわかってきてくれていて。……さ、もう堅い話はナシだ!寝ようじゃないか」
「もう……!ベッド二つあるんですから戻って……聞いてます!?」
本当に掴みどころのない人。あんな過去を背負って、それをまるで感じさせないで。フレンドリーなようでいて、魔女らしい狂気も秘めていて。
……この人と二人で帰れたらいいな。
なんて心のどこかで思いながら、彼女の腕の中で眠りについた。
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