32.ミェール
「いつもの調子が戻って何より。もちろん君自身が頑張るのは大事だが、私を頼ることもお忘れなく」
さらりと私の心を立て直した彼女は、そう言って悪戯っぽく笑みを浮かべる。
いまだ底知れない彼女に、一つの疑問が浮かんできた。
家を襲ってきた魔女狩りの撃退。先ほどのシスターとの戦い。そのどちらでも、ミェルさんは圧倒的な実力で敵を難なく倒していた。一体どんな人生を歩んで、どんな経験をしたらあれほど強くなれるんだろう。……なんで、あそこまで戦い慣れてしまったんだろう。
「あの……ミェルさん、教えてください。あなたは一体……どれだけ魔女狩りと戦ってきたんですか?」
ミェール・ウィッチ・ラヴェリエスタ。私にとっては一番身近で、状況的に一番近くに居る魔女だが、その実力と過去については謎だらけ。
私をこの世界に呼び出したのは他でもない彼女な訳だし、実質誘拐犯な訳だし、立場的に私にも知る権利があるはずだ。
「……」
――なんて思った矢先、ミェルさんが珍しく言葉を失った。時間にしてはほんの一瞬だったが、多弁な彼女が言い淀んだのは少し意外だった。ひょっとして、聞かれたくないことだったのかな……。
「どれくらいだと思う?」
そんな私の懸念に、彼女は逆に問いを投げかけてきた。
「え、ええと……ちょっと想像つかないです」
咄嗟に出たのは、そんな安直な言葉だった。
私の様子を見て少し微笑んだ彼女は、ごろんと腕を伸ばして私のベッドに転がり過去を反芻するように目を細める。
「そうだな……君には私のこと、話しておこうかな。あんまり面白い話じゃないけど……まぁ、寝る前に少し付き合ってくれ」
自分のベッドに戻って、と言おうとしたが、純粋に彼女の話が気になっていたのもあってそのまま私は続きを促した。
「むかしむかし。今から百と数十年前のお話だよ……」
*
とある森の奥深く。
猟師をしていた男と、森に潜んでいた魔女が出会い、結ばれ……一人の子供を授かった。その子供が私、ミェールだ。
母が魔女だ、という点を除けばごく普通の家庭だった。幼いころからいくつもの実験器具やらなんやらに囲まれて育ったよ。
確か、十歳くらいまではそんな日々を送れていた。
――ちょうどリスルディアが勢力を強め始めたのもそのころだった。
あっという間に魔女狩りの手は森まで迫って……母が殺された。
母は人を殺す魔術も技術も持ち合わせていなかったし、何より争いを嫌っていたから、抵抗しようにもできなかったんだろう。
父は私を連れて森の中を逃げた。ただ、子供一人連れて逃げるのにはさすがに無理があった。
あっさりと追手に捕まってね。目の前で――切り裂かれた。あんなに強くて、逞しくて、優しかった父が一瞬で。
どれほど痛くて苦しかったろうか。
それでも私に逃げるよう促し続けて、必死に奴らに抵抗して、無惨にも殺された。
……最後に、私に一冊の本を託して。
私は、もう何が何だか分からなかった。怖かった。だから父が作ってくれた時間で必死に森の中を逃げた。
走って走って、決して止まることなく走り続けて。
どれくらい走ったところだったか……少し開けた場所に出た。もう魔女狩りの気配もなかった。
絶望だったね。助かったとはいえ両親のいない、年端もいかない子供が森に一人きり。
だが手元には父からの忘れ形見があった。……母の蔵書の一冊、初歩的な魔術の扱い方が記録された本。
そりゃあもう、死に物狂いで読み込んださ。
何度も本の内容に沿って試行錯誤して、生きるために魔術を操った。それからは少しずつ魔術の幅を広げていったんだよ。……母譲りの魔術の才能があったから、一度基礎ができれば応用は容易だった。それを素直に喜ぶべきかは分からないがね。
いつしか簡素な家もできて、この生活にも適応してきたんだ。――その矢先だよ、再び魔女狩りが襲ってくるようになったのは。
何度も切られた、刺されもした。その時に思ったんだよ、「こいつらを殺さないと私が死ぬ」ってね。
生活できていたとはいってもギリギリだった。まともに捧げられる贄もほとんどない。
それでもやらなくちゃいけなかった。だから子供相手だと油断した奴らの隙をついて、なけなしの魔力と贄で錬成した鎌で首を裂いた。手負いの獣が最も恐ろしいとは、まさにその通りだね。
無意識に傷口も魔術で止血していて、私はなんとか生き残った。
そこからは追手が来るたびに戦った。傷は絶えなかったよ。何人も何人も殺して、戦い方を学んで、また殺した。必要があれば家を移したりもした。実に数十年はそんな生活だったろう。
――その過程で私は母と同じ……「魔女」となった。
あとは君も知る通り。
魔女として成熟した私は、百年余りの時間を転移魔術に費やして、この世界からの脱却を図っているというわけさ。
*
「……長くなったね。これがミェール・ウィッチ・ラヴェリエスタの半生だよ」
言葉が上手く出てこない。
この人は、そんな凄惨な過去をずっと抱えて生きていたんだ。なんで淡々と、他人事みたいに話せるんだろう。
「ミェルさん、なんで……そんなにあっさり、他人事みたいに……」
言葉に詰まる私に、彼女は優しく微笑みかける。
「私はね、割り切っているんだ。薄情に思うだろうが……両親の復讐のためにも、リスルディアを壊滅させるためにも生きてない。自分のために生きているからね」
強がりには見えない。本当に、過去を受け入れた上で日々を過ごしてきたんだ。
でも、そんなの……辛くないはずがない。
ミェルさんの頭にそっと手を伸ばして、はねた銀髪を優しく手で撫でる。
「ん……?月音ちゃん、いきなり何を……」
「――お返し」
口下手な私じゃどう声をかけていいかわからない。
だから、せめてミェルさんがしてくれたようにその頑張りを認めたい。
「……ありがとう」
そう一言、彼女は呟いた。
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