31.一息

 教会での一戦を終えて、私たちはトリステスの城下町を急ぎ移動していた。

 追手が来ることも考慮してなるべく教会から遠く、それでいてこの夜を明かすことのできる場所を求めて。


「ほら月音ちゃん頑張れ!」


「ぜぇ……ぜぇ……」


 思えば出会ったばかりの時もこんな感じになっていた気がする……。

 ミェルさんのペースに合わせて動くのは骨が折れる。


「お、あれは宿屋かな……もうだいぶ移動したし、今夜はあそこに身を寄せるとしよう」


 ミェルさんが指さした場所を見ると、寂れた様子の質素な建物がひっそりと建っていた。先陣を切って宿屋に歩いて行った彼女は、急かすようにくるりと振り向いて手招きした。


「ま、待ってください~……」


 ふらふらになりながらもなんとか彼女の元へ辿り着き、私達は宿屋へと足を踏み入れた。

 


 *



「ようやく一息つけるねぇ、いや~疲れた疲れた!!」


 部屋につくなり、雑にローブとその下の衣服をベットに投げ、下着同然の姿でミェルさんはボスンと身を投げる。いつもならはしたないと注意するところだが、そんな気力はなかった。


「ですね……はぁ……」


 私も向かいのベッドに座り、ふぅと一息つく。


 部屋は質素ながら綺麗に整えられていた。ベッドが二つと机に椅子、サイドテーブルに窓が一つという必要最低限のものだけ取り揃えられた内装だったが、一晩明かせるならこの際大した問題ではない。

 やっと落ち着くことができた今、彼女に言わなければならないことがあった。

 


「……ミェルさん、すみませんでした」


「なんだい藪から棒に……ってわけでもないか。シスターと戦う前にも言ってたっけね」

 

 こちらに向き直って上体を起こしたミェルさんは、そのまま続きを促した。


「今回は本当に、ミェルさんに頼りっぱなしで……私が立案した計画に乗ってもらったのに、結局私何も……」


 そこで言葉が詰まる。今一度、自分の青さと浅はかさがじわじわと込み上げてきた。

 ……思わず彼女から目を逸らして俯いてしまう。


「私は別に、君が間違ったことをしたとは思わなかったがね。十分な見返りはあったし、君も自分の身を守るための行動はちゃんと取れていた」


 不意の一言にばっと顔を上げる。そこにはいつもの飄々とした態度のミェルさんが居た。

 いきなり脱いだローブに手を突っ込むと、そこから黄金色のきらめきを放つ、宝石のようなものをひとかけら取り出し、指先で軽く弄ぶ。


「……!!それって」


「月水晶。ほんの欠片に過ぎないが、あのシスターが持っていた。恐らくプレジールが言っていた反応とやらはこいつから出ていたんだろう。残念ながら転移魔術の贄には足りないサイズだが、れっきとした収穫だ」


 ゆっくりとベッドから起き上がって、私の隣へと座りに来る。うねった銀髪が腕に触れて、少しくすぐったかった。


 穏やかに微笑んで、月水晶を私へと見せる。プレジールさんの家で見たレプリカとは質感と輝きがまるで違う。高貴で神秘な輝きを纏っていた。


「なにより、リスルディアの実態も所業も分かったしね。詰まるところあいつらは……月水晶を贄として捧げ”洗脳魔術”を行使していた。周辺諸国に集めた月水晶を小分けにして持たせた信徒を派遣し、徐々にリスルディアを広めていったんだろう」


 奴らは魔術だと認めないだろうが、と付け加えて彼女は月水晶をサイドテーブルに置く。

 彼女の推論でこの国に来てからの疑問がするりと腑に落ちる。操り人形のように生気のない機械的なトリステスの人々は、既にリスルディアによる洗脳魔術の手に落ちていたということ。


「じゃあ、教会でミェルさん達が戦ってた時、ずっと祈ってた人達は……」


「既に洗脳済みさ。それも月水晶クラスの贄を捧げているんだ、そうそう解けやしない」


 もし、もしもシスターの放った魔術の光を直接見ていたら。少しでもミェルさんの到着が遅れていたら。今頃私はどうなっていたんだろう。

 軽く鳥肌が沸き立ち、思わず身震いしてしまう。


「……よしよし」


「み、ミェルさん……?」


 ――全くの意識の外から私の頭に柔らかく手が置かれ、ぽんぽんと優しく撫でられる。


「何だか怖がっていたみたいだから。私はよく分からないが、こうすると落ち着く人間が多いんだろう?」


 明らかに撫で慣れていない、不器用な手つき。それでも心を落ち着かせるには十分だった。


「ミェルさん、私……ひょっとしたら洗脳されてたかもしれないって思ったら……。ひ、人が死ぬのにも……っ、慣れ、なくて……」


 情けない。自分で耐えられるようになろうって決めたばかりなのに。

 目頭が熱くなって、視界がぐにゃりとぼやけていく。


「君は偉いよ、自分の判断で洗脳から身を守って、私を呼ぶことができた。よくやってるよ」

 

 あまりにも都合のいい甘い言葉。ただただ俯いて、その言葉に甘えることしかでき――。


「でも君は無茶しすぎたね、私の実力を軽視している節もないかい?もっと私をアテにした作戦を立てることを視野に入れるのも忘れないほうがいい。ほら、君も見ただろうけど私は魔女の中でも結構強い部類だからね。あのシスターもなかなかやるようだったし、私は楽勝だが仮にプレジールみたいな肉弾戦が不得手な魔女を相手取った場合、それなりに善戦するかも……」

 

「ちょっと、雰囲気台無しですって!!……でも、ありがとうございます」


 反射的に声を上げてしまった。でも、気づけば涙も引いて、自責の念も和らいで、冷静さが徐々に戻りつつある。

 全部、この人の掌の上だった。


 にやりと笑ったミェルさんに、心の底から安心感を覚える。

 

 ……絶対に生きて帰ろうと、そう心に誓い直せた。


 

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