30.大鎌

 教会中央、甲高い鉄と鉄のぶつかり合う音が反響する。火花散らす無数の斬撃を両者すんでのところで躱し、受け止め、また切り返す。


「ふっ、ははっ!!どうした、さっきから攻撃が単調だぞ!それで私の首が取れるとでも?」


「くっ……ほざけ!!」


 ――しかし確実に、その戦況は魔女の側に傾き始めていた。


 無数と見紛う程の手数のシスターの十字架の嵐を受け続ける様は防戦一方に見えて、隙を狙うための狡猾な罠。

 繰り出された刺突を魔女は紙一重ですり抜け、傍らの長椅子に足をかけ――軽やかに飛び上がる。


「なッ……!?」


 意表を突かれたシスターの細首に、バック宙返りの姿勢のまま放った横薙ぎの鎌が一閃した。


「ぐぁ……ッ、ぁぁ……!!」


「……驚いた、普通は死んでるんだがね」


 ――首を裂かれてなお、シスターは立ち上がる。滴る鮮血の量も明らかに少量。……あの当たりで傷が浅いとは考えられない。


「魔術による身体強化だな?シスター。さっきからお前の出力も耐久も生身の人間のそれじゃない。……魔女相手に舐めやがって」


「違うッ!!これは……神聖なる力だ……お前ら魔女のモノとは根本から違う……!履き違えるなァ!!」


 出血などまるで意に返さず、再び刃の弾幕を張り前傾姿勢で突進を始め出す。もはやそれは人間でない、本能に駆り立てられた獣のように。


「哀れだな。……どこまでも」


 吐き捨てるような一言と共に、魔女は迫る無数の凶刃をすり抜け、その鎌を下から上へ目にも止まらぬ速度で振り上げる。

 驚異の反射速度をもってして避けたシスターの顔は、それでもなお大きく引き裂かれた跡が残る。


「ッ……!!貴様ぁあああ!!!」


 右へ左へと振り抜かれるシスターの十字架の奔流は決して魔女の身体に届くことはなく空を切り――一瞬の隙間を縫って放たれた魔女の華麗なる回し蹴りが、シスターの両の手を吹き飛ばす。


「しまっ――」


 こじ開けられた腕の隙間。刹那、捻じ込まれた大鎌がシスターの腹部を貫いた。

 修道服を貫いて、赤く彩られた刃がその顔を覗かせた。……勝敗は明らかだった。


「ぐあァ……ッああ……!!」


 声にならない悲痛な叫声が反響し、噴き出した紅血は周囲を赤く染め上げる。それでも魔女は、その手を緩めることはせず、深々と刺し貫いた鎌を上へと振り上げ――腹部から右肩を、文字通り切り裂いた。


「あがッ……ああ!!魔女っ……!!!魔女が!!!ふざけるな、ふざけるな、こんな……!!あ、主……私に加護を、どうか――」


 末期の祈りを遮って、倒れ伏した彼女の首に無慈悲な大鎌が突き付けられた。


「続きはあの世で頼むよ」


 ――ざしゅり。

 

 鈍い音が聞こえた後、シスターの声は聞こえなくなった。

 ミェルさんは、勝った。


 喜ばしい結果だった。けれど、どうしても……人が死ぬことにはまだ慣れない。慣れるはずがない。

 それでも目を離しちゃいけないような気がして、歯を食いしばって私を守ってくれた魔女を見据える。これから、もっとこんな光景を見ることになる。

 

 ……せめて、耐えられるようにならなきゃ。


「……ふぅ」


 ため息を一つついたミェルさんは、まるで何事もなかったかのようにこちらへと歩いて来る。

 あれほどの戦闘だったにも関わらず、返り血もほとんど付いていない。


「終わったよ。……とりあえずさっさとここから出よう、増援が来るかもしれない」


「……はい」

 

 いつの間にか涙で滲んでいた目をぬぐって、私は立ち上がった。

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